京蔵の気まぐれ日記。 バックナンバー
4月29日 14:00 さいたま芸術劇場大稽古場
蜷川組ベテラン勢、さいたまゴールドシアター、ネクストシアター合同による、蜷川幸雄先生へのオマージュ「待つ」。
見応えある充実のオムニバス4時間!
中では「戦場のピクニック」がゴールドシアターの皆さんの個性が生き生きとし、不条理感がよく出ていた。
4月25日・26日 19:00〜20:30
文京学院大学での一般人教養講座で、歌舞伎の女方を中心としたレクチャー。
2日間計180分を喋り通しに喋り(笑)、ラストで「藤音頭」を素で踊る。全然疲れないし、まだ喋りたいことが山ほどあるので、我ながら呆れる(笑)
4月13日 18:00 琴平地元の居酒屋
咲十郎さん、狂言作者の潤一さんと俳優祭の打ち上げ。二次会は、咲十郎さんが見付けたホテルの裏の素敵なバーで。
4月8日 11:00 四国琴平金丸座 こんぴら歌舞伎初日
こんぴら歌舞伎は5年ぶり。
将門の屋体崩しはセリではなく、昔ながらの吊り屋根で、この小屋で見ると大迫力!大道具さんの努力と工夫と大働きにより、客席からもやんやの喝采!思わず「大道具!」と声を掛けたくなるところ!(笑)
花道のスッポンは、切り穴が狭く人力で上げるので、地元のボランティアの皆さんにもご苦労を掛ける。
3月3日11:00 歌舞伎座初日
夜の部の助六で、5代目さん(雀右衛門)初役の揚巻。
助六には色々思い出満載!(笑)
まず、研修生時代、昭和56年10月歌舞伎座の助六に、舞台実習として居残り新造で初舞台。助六は現・幸四郎旦那の襲名狂言で、揚巻は4代目の師匠。居残り新造は足は痛くならないが、ほぼ1時間、じっとして居なくてはならず、あたまは痛いし眠くはなるし散々だった!(笑)
芝居に入ってからは、6世歌右衛門旦那、先代芝翫の旦那、玉三郎丈の揚巻で、居残り新造を幾度も勤め、師匠の揚巻の時は、揚巻付きの留め袖、振袖新造をそれぞれ勤め、京右衛門さんが引退されてからは、揚巻の後見を引き継いで何度も勤めたが、ある時、師が並び傾城に出してやると松竹に掛け合ってくれたものの叶わず(笑)、その後も師の揚巻の後見を勤め続け、遂にギックリ腰になって後見を卒業(笑)
そして演舞場で新之助さん(現・海老蔵丈)初役の助六(平成12年1月)で師が揚巻の折は、初めて揚巻の番頭新造を勤めさせて頂いた。この時、先輩の左升さん梅之丞さんが振袖新造に出てくださり、私を激励してくださったご恩は、つくづく先輩方の有り難さが身に染みて、生涯忘れない!
師最後の歌舞伎座での揚巻(平成15年1月)の時は、私は芝雀さんの白玉の番頭新造だった。
その後は、菊之助さんの揚巻で、名古屋、京都、博多で番頭新造を勤めさせて頂いたのは光栄だった!
さて、12代目成田屋の旦那の最後の助六(名古屋御園座、平成23年10月)の時、初めて並び傾城を勤めさせて頂いた。嬉しかった!並び傾城経験者の皆さんが異口同音に、並び傾城は肉体的にも精神的にも大変だよ!とおっしゃっていたが、私は全然平気で痛くも痒くもなく、毎日楽しかった!(笑)
そして今回初心に返って、また揚巻の後見!(笑)
嗚呼!往事茫々
2月25日 10:00 歌舞伎座4階稽古場 俳優祭発注会議
しんどい作業が続く日々だが、だんだん形になって行く喜びがある。
衣裳、鬘、大道具、小道具、照明もほぼ決り、ひと安心。
2月11日 13:30 目黒喜多能楽堂 「樒天狗」
究極のSM能!?といふことで楽しみにしていたのだが、歌舞伎座への出勤時間が迫り、前シテしか拝見出来ず残念至極!
1月19日 19:00 駒場アゴラ劇場 木ノ下歌舞伎「隅田川」「娘道成寺」
「娘道成寺」が抜群の面白さ!次回は是非生演奏で観たい!
1月4日 18:00 赤坂五條宅
五條師の奥方三回忌。奥様思いの五條師の寂しさは、年々つのるばかり………嗚呼!
1月2日 11:00 歌舞伎座初日
愛之助丈からお頼まれして、「大津絵道成寺」の後見を勤める。私も色々なお家の裃を着てきたが 、まさか松嶋屋の裃を着るとは思わなんだ!(笑)
この「大津絵道成寺」は、昭和40何年だったか?歌舞伎座で河内屋の舞台を拝見している。愛之助丈の後ジテの鬼が河内屋の旦那にソックリなので一驚!
2017年1月1日 早朝
この日記もやっと年が明けました!(笑)
元旦の振舞酒にいつになく酩酊し、最後にご挨拶に上がったお宅でバタンキュー(笑)
2016年
12月26日 午前
帰京してそのまま歌舞伎座の稽古に直行。10月29日から1日も休みなし!あっ!間違えた!11月10日は国立の休演日だった!でも、公演の合間の休みは気が休まらないので、カウントしません!(笑)
12月25日
先斗町顔見世も本日無事千穐楽
12月8日 終演後 祇園白川のバー
五條師上洛。やはり、白川のバーにご案内する。五條師は二度目だが、「えっ!?ここでしたか?」とそれくらい見落しがちなバー、と云うかバーとは思えない入り口(笑)
12月4日 20:50 先斗町ふじ田
大学時代の旧友S氏が来座され、久びさの邂逅。終演後に歌舞練場目の前のふじ田にお招きくださる。美味しいおもてなしを堪能した後、その返礼に祇園白川のバーにご案内する。ここは一見さんお断りの店ではないが、人伝でないと絶対わからない隠れ家的バー(笑)
10月25日 19:00 新宿紀伊国屋ホール
文学座公演「越前竹人形」
高橋正徳氏の演出。こういふ舞台は、リアルな風俗描写を大事にしてほしいと、懇意の高橋さんに伝えた。
帰りに行きつけのワインバーでホッとひと息。
10月23日 平幹二朗さん逝去
大好きな俳優さんだった!初めて知ったのはTVの「三匹の侍」。その後、大河ドラマ「樅ノ木は残った」の原田甲斐がドンピシャリのはまり役で、夢中で観ていた!それより以前?の俳優座「四谷怪談」の与茂七を見逃したのが残念。
日生劇場での「鹿鳴館」の影山伯爵も、色悪とはこうもあろうかと目を見張った!
そしてなんと云っても、蜷川幸雄先生と組んだ「王女メディア」、「NINAGAWAマクベス」、「近松心中物語」、「元禄港歌」が印象深い。

近年の舞台活動は評判を聞きながら、ほとんど自分の舞台と重なってしまい、全て見逃しているのが一生の痛恨事!

数年前、祇園川上で偶然隣あわせとなり、折角おひとりで静かに楽しんで居られるのにお声を掛けるのは(心底お話ししたかったが…)野暮だし失礼なことは、同業者の端くれとして重々わかっているので、二時間近くだんまりを極め込んだ。白ワインのフルボトルをおひとりで空けられたのにビックリ!
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
この上は、ご子息岳大さんの大成を期待致します!
10月3日 19:00 池袋アールスポット
花組芝居「桐一葉」
国立劇場開場直後の「桐一葉」の通し上演を思い出した。寿海丈の長門守と梅幸旦那の銀之丞が今でも印象深い。
9月28日 14:00 国立大劇場
開場50周年記念式典
あれからもう50年も経つのかと感慨一入。
思い出深い舞台の数々が脳裏をよぎる。
9月26・27日 終日 歌舞伎座「藤間会」
後見等々お頼まれしていて、なにせ一発勝負なので、いくら図々しい私でもド緊張!もうへとへと……
9月13日 午後 広島
今日も休演日なので、生まれて初めて宮島厳島神社に詣でる。快晴。
丁度本殿で婚礼儀式最中。
実は、以前に芝居仲間から御守を頂いていたので、それを納めに行かねばとずっと心に掛かっていたので、やっと果たせて一安心。
9月7日 午前中 神戸三ノ宮
今月は西コースの巡業中だが、本日は休演日なのを幸い、布引の滝を初めて訪れる。駅裏のかなり急峻な山道を辿ると、雄滝、雌滝、鼓ヶ滝等々、布引の滝はいくつにも分かれていて、そこかしこに平安歌人の歌碑がある。なかなかの景勝地。
そのあとは、これも初めての明石に廻って、蛸尽くしを満喫し、須磨に戻って須磨寺に初めて参詣。本堂の伽藍が、写真で見た前進座改訂版の熊谷陣屋の舞台面にそっくりなのに一驚!
美術考証の鳥居清忠師が精密な実地調査をしたのであろう。感嘆!
8月17日 正午 国立小劇場
「稚魚の会歌舞伎会合同公演」
この度は、国立劇場開場50周年記念として、研修生OBによるひと幕を出したいとの養成課の意向により、出演者を募ったところ、思いの外集まらず、結果、京妙さん、鴈乃助さん、私の三人による「女車引」に落ち着いた。
私は、先輩ふたりを向こうに回して千代を勤めさせて頂いたが、大昔、歌舞伎座の藤間会で、六世歌右衛門旦那の千代を観たことを断片的に思い出し、あたまは、簑で帽子付きの忍び返しでお願いしたが、あとで、藤間宗家秘蔵の映像で確認したところ、まさにその通りだったので、改めて己れの記憶力の確かさを確認した次第!(笑)
さりながら、またもや能力の低い悲しさ、仕合の岩藤ではないですが、「もう二〜三べんも稽古しや、あのここな慮外者めが!」と一喝される結果でございました
芸道は死ぬまで修業、いえ死んでも修業。とは先人の教え。これからも芸道修業に励みます!
8月12日 正午 国立小劇場
「音の会」
「摂州合邦辻」の俊徳丸を仰せつかる。まさか、俊徳丸を演るとは思いもよらなんだ!(笑)
だが、40年ほど前の武智鉄二歌舞伎塾で、武智先生自らの口写しで学んだことを思い出して勤めさせて頂いた。
すなわち、先生曰く「俊徳丸は高貴な身分で、重病人の人外だから、音(おん)が上に外れるのです」
さりながら、思いは高く、能力は低い悲しさ…先生がご覧になったら噴飯ものの俊徳丸でしたでせう(涙)
平謝り。
8月1日 13:00 江古田日大芸術学部
今日から5日間夏期集中授業。1日4時間、計20時間のハード日程!20人ほどの学生で例年よりも少ないが、それでも教えるほうは名前を覚えるだけでもひと苦労!嗚呼!
7月29日 13:15 五本木 木村クリニック
年に一度の大腸検査。寝ている間に済むので楽チン。
異常なくひと安心。
7月18日 17:30 西心斎橋 作一
東京から友人のG氏がみえたので、日航ホテル裏のカウンター割烹にお連れする。ここ作一は、季節の美味しいものを取り揃えたオーソドックスな割烹。若い衆もよく立ち働き、気持ちのいいお薦め店。
7月7日 16:30 道頓堀今井
芝居が済んで直行。大寅の蒲鉾を肴にぬる燗を頂き、〆は穴子蕎麦。すだちの香豊かなお出汁。飲み切る!
至福のひと時(笑)
7月4日 19:30 大宝町播重
ここの播重二階は静かで落ち着く。まず麦酒でハムサラダを頂き、赤のグラスワインを頼んで、ライス抜きのポークステーキで〆る。至福のひと時(笑)
6月27日 18:00 大阪入り。
4年ぶりか?道頓堀の惨状は目に余る。その中で、今井と播重が孤塁を守り奮闘!
6月27日 19:00 両国シアターΧ
上田美佐子氏のご依頼により、郡司(正勝)かぶきについてのトークイベントに、佐藤恵里先生、谷川渥先生、大野慶人氏と共に列席。四人の座談を楽しみにしていたのに、それそれがしゃべるだけに終わったのは進行ミス。
6月15日 16:00 阿佐ヶ谷大倉閑居
来年のSOUKIとのコラボ公演の二回目の会合。ベースは出来た!話し合いはスムーズに終わり、あとは食材持ちよりのすき焼きパーティー(笑)関西風を試みるが、砂糖と醤油の割合がうまくいかない………嗚呼!
6月12日 16:30 セルリアン能楽堂 定期能金剛流「現在七面」
友人のM氏のお誘いで、はじめて金剛流のお能を拝見。
6月4日 18:00 池袋東京芸術劇場シアターイースト
木ノ下歌舞伎「義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー」
再演らしいが、私は初見。天皇制に深く切り込んだ演出が納得させる。また、壇之浦の海中に沈んで行く敗者の実感があるのもいい。
5月27日 19:00 三越劇場
津賀寿の会「源平布引滝」
満員札止めの盛況!
5月26日 13:00 国立能楽堂 復曲能「菅丞相」
同上 18:00 渋谷春秋
松井女史、前川女史と「川口小枝さん忍ぶ会」第二弾。
5月25日 13:50 日比谷シャンテ 「マクベス」
ジャスティン・カーゼル監督の、虚無で荒涼たる映像美!しかし、古典の現代的解釈には、どうしても子供の存在が不可欠か?
5月21日 17:00 阿佐ヶ谷大倉閑居
来年のSOUKIとのコラボ公演演目世界定めの為、江ノ上、大倉、鈴木と私の四者会談。第三作目の世界は○○○に決定!(笑)
5月15日 18:00 青山斎場 蜷川幸雄先生通夜 / 5月16日 正午 青山斎場 蜷川幸雄先生告別式
昨年9月10月のNINAGAWAマクベスに魔女役で出演したのが最初で最後の蜷川先生との出会いだった。
車椅子で酸素吸入されているにも拘わらず、その、上から下端々に至るまで容赦ない演出家の姿勢は、これが蜷川イズムなのかと感に堪え、発せられるダメ出しに聞き入った!
30数年前、日生劇場初演を観た私は、嵐徳三郎さんが演じていた魔女を、今現在自分が演じていることに武者震いし、その出会いに感謝した。蜷川先生には一度だけ稽古場で叱られた。これは自慢ではない。もっともっと叱られたかったし、コミュニケーションしたかったのだ!
武智鉄二先生といい、郡司正勝先生といい、蜷川幸雄先生といい、私は巨匠の最期にいつも出会す。三人の先生にはもう少し早く出会いたかった。合掌
5月12日 18:30 赤坂ビルボケ 川口小枝偲ぶ会
今年の1月に急逝された川口小枝さんを偲ぼうと、武智鉄二塾生の有志が久々に集結。小枝さんどころか、武智先生、川口秀子先生の思い出話しは途切れることなく、河岸を変えて深更に及んだ。合掌
5月8日 16:00 赤坂Bb 恩田三重子偲ぶ会
五條珠實師夫人の一周忌。いかにも江戸っ子の元赤坂芸妓らしい素敵な夫人だった!合掌
4月22日 10:30 五本木 木村クリニック
年に一度の胃カメラ検査。
この木村先生の検査方法は、眠っている間に検査が済むので全然苦痛がなく楽。
しかし、検査結果は毎回ハラハラドキドキ(笑)
4月19日 正午 渋谷文化村ミュージアム 国貞・国芳展
友人のOさんと同行。未見のもの多数あり、国貞では、立て三枚続きの曽我の女石段、国芳では、大判の坂東武者綱手始が歌舞伎味横溢でいい。
4月10日 13:00 浅草松屋前
私は、隅田川周辺は生まれてこの方、不覚にも全然足を踏み入れたことがなかったので、今月は昼間に時間があるのを幸い、この辺りに詳しい友人のMさんにガイドをお願いして巡ってみた。
まず、三圍神社から梅若公園(梅若塚跡)〜木母寺(梅若塚)〜石濱神社(都鳥の碑)を巡ったところで時間切れ。妙亀塚と待乳山聖天は次回に期することとする。お腹が空いたので尾張屋で天麩羅蕎麦を頂く。
4月3日 13:00 上野寛永寺 中村歌江丈告別式
歌江さんには、言い尽くせぬほどご恩がある。葉月会には何度もお誘いくださり出演させて頂いた。私は幻劇団の座員ではなかったが、千葉公演?(笑)と六本木公演(藤間宗家の元稽古場)の二回出演させて頂いた。「籠釣瓶」の番新を懇切にお教え頂いた。天王寺屋の旦那の娘道成寺(NHKホール)で、歌江さんの芯後見で付け後見を勤めさせて頂いた。
結構な大酒大食で(笑)、四ッ谷の菊万によくお供させて頂いた。
病院嫌いで、病がちになられてからは「ちゃんとお医者さんに行ってください!」と進言しても、なかなか云うことを聞いてくださらなかった。
もっともっと長生きして頂いて、聞いておきたかったことが山ほどあった。残念極まりない!合掌
3月3日 11:00 歌舞伎座初日
この歌舞伎座を皮切りに、五代目中村雀右衛門襲名披露公演は、6月福岡博多座、7月大阪松竹座、9月西日本巡業、12月京都と続く。
雪姫の縄後見を勤めながら、師の姿、師の仕種、師の動き、師のイキ、師の息遣い、師の汗、師の声音、叱られたこと、褒められたこと等々がそぞろに思い出されて感慨一入……
2月27日 19:00 歌舞伎座五階ギャラリー トークショー「京屋の秘密」
五代目中村雀右衛門襲名を記念して、弟子達(京妙・京蔵・京紫)にもなにかしゃべらそうとの企画。京屋の秘密といふ思わせ振りなネーミング(笑)は、企画・進行役の松竹の戸部さんの案。
果たして秘密が出るわ!出るわ!爆笑!
2月27日 13:00 池袋木星劇場 エドワード・オールビー作「動物園物語」
多摩美での、私の授業の助手を長年勤めてくれている松山立さんと、同じ多摩美出身の大野遙さんとのふたり芝居。
都会人の孤独と狂気と絶望がよく出ていていい。
2月2日 11:00 歌舞伎座初日
久しぶりにピンからキリまで(笑)
夜の部「籠釣瓶」の女中お咲は初役だが、責任重大なお役で戦々恐々!
お咲を何度も勤めておられる歌女之丞さんと芝喜松さんに懇切なるご指導を頂く。
大詰立花屋二階で、燭台を運んで来て、妖刀籠釣瓶に切り殺され、座敷の下手奥に倒れていると、「ああ、ここでこうして歴代の先輩方は倒れていたんだ…」といふ実感が溢れて来て、感慨ひとしおだった。
1月30日 18:30 シアターコクーン 「元禄港歌」
30数年前の帝劇初演を観ているが、蜷川先生と秋元松代先生が組んだ舞台では、私は「近松心中物語」よりこの「元禄港歌」のほうが好きだ。
観ているうちに、初演の舞台を色々思い出した。
1月27日 11:00 浅草雷門
五代目中村雀右衛門襲名披露お練り。快晴!先代の告別式の折は猛吹雪で、いかにも師らしいスペクタクル?な演出(笑)だと感に堪えたが、今日はそんなイタズラをされては困るので案じていたら、見事なお天気でひと安心。気温も寒くなく助かる。
お練りは初めての体験だが、参道の声援が有り難い。五代目さんには、有らん限りの心血を舞台に注いで頑張ってほしいと切に願う。
「京屋っ!」の掛け声に聞き覚えがあるので、声の方角を確認すると、田原町に本拠を構えるパントマイム集団SOUKI の面々!
ご声援頂き、ありがとうございました!
1月17日 21:00 川口小枝さん逝去の報が入る!
すでに昨日16日に葬儀は済ませたと云う。これは、側近の若いお弟子さんからの連絡である。狭心症だとのこと。驚いて牡丹さん(先代秀子師の高弟)と小枝さんの娘の千枝さん(二代目秀子)に連絡を入れ、確認と死因の詳細を聞く。
小枝さんはまだ70歳前で、その急逝は川口流存亡の危機である!というのも、千枝さんは二代目秀子を襲名したものの、はたして舞踊家として川口流を継承していくだけの素地があるのか?またその意志があるのか?甚だ未知数であり、先代秀子師の芸を熟知している唯一の存在は牡丹さんのみで、その牡丹さんも失礼ながら八十路を越していらっしゃるから、ここは千枝さんに死に物狂いで頑張ってもらわないと川口流は絶える!と、僭越ながら不肖の弟子の私は悶々と思い巡らした…。

川口秀子と武智鉄二ががっぷり四つに組んで物した名舞台の数々を目の当たりにして来た私は、川口流が絶えるなんて冗談ではない!とひたすら千枝さんの覚悟を促したのだが、すると、同じ不肖の弟子の某女史は、「千枝さんはいい旦那さまを得て一子を設け、幸せに暮らしているのたから、千枝さんには無理に川口流を継承しやうなんて思わないでほしい」と云い、私は「それもそうだ!千枝さんには負担が大き過ぎる」とも思えて、そうなると牡丹さんに一世一代で頑張ってもらわねばならない!と複雑な心境に到って、なんだかヤケクソになって泥酔したのでした…
嗚呼!川口流よ!!!
1月5日 19:00 赤坂ローズクラウン
女義の津賀寿さんの肝いりで、花組芝居の加納さんと三人で新年会。加納さんと呑むのは三年ぶりくらいかも…。おふたりとも芝居大好き人間だから(笑)話しは尽きず、次回を約して散会。
1月4日 19:00 赤坂五條珠實師宅
昨年亡くなられた珠實師夫人の祥月命日。珠實師とお弟子の珠雀さんと私の三人だけで、しみじみと偲ぶ会。
2016年1月1日午前0時
年が明けた!今年は五代目雀右衛門襲名で忙しくなりそうだ。だから、自主公演は全てお休み。資金も貯めなきゃ!(笑)
2015年
12月29日 午前中 田端大久寺〜青山墓地
父と祖父祖母及び師匠の墓参り。
墓前では、一年無事に過ごせた感謝よりも、自分勝手に生きている懺悔のほうに比重が掛かる。
今年もやりたい放題に生きました!
ごめんなさいm(__)m
12月25日 21:00 赤坂の焼鳥 鳳
友人のK 氏を誘う。ここは地元五條珠實師のご紹介。実に美味しい!お薦めです。
12月20日 18:00 下北沢高瀬宅
NINAGA マクベスの折の、楽屋同室の有志が集まって忘年会。お正月の「元禄港歌」の稽古風景を伺い、早く観たくなった!私は三十数年前の帝劇初演を観ているが、私は「近松心中物語」より「元禄港歌」のほうが好きだ。
12月17日 花柳泰輔師お通夜
泰輔師には、国立の研修中大変お世話になった。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。
12月16日 19:00 東池袋アールスポット
花組芝居 実験浄瑠璃劇「毛皮のマリー」
長唄と義太夫を駆使した花組芝居ならではの舞台造り。
12月8日 19:00 虎ノ門 JT アートホール 宮田大チェロリサイタル
こちらは友人のo氏のお薦め。
その超絶技巧に舌を巻く!天才肌のチェロ奏者。
アンコールで、私の大好きなラベルの「亡き王女の為のパヴァーヌ」を演奏してくれたので、ビックリするやら!嬉しいやら!
11月18日 19:00 三軒茶屋パブリックシアター
現代能楽集シリーズNo.8「道玄坂綺譚」
このシリーズはNo.1を観て以来久しぶり。友人のT氏のお薦めで飛んで観に行く。
マキノノゾミ氏の作・演出。
三島の卒塔婆小町と熊野を下敷きに、本歌取りの趣向が巧みで、よく出来ている。俳優陣も皆さんそれぞれにいい。
11月7日 20:30 歌舞伎座向かい某おでんや
坂東三津之助さん三回忌法要
三津之助さんとの思い出は尽きない。惜しい!全く惜しい!合掌
10月24日 19:00 銀座某バー
大学時代の友人有志が集まり、還暦パーティー。
女性陣が意気軒昂なのは何処も同じ!爆笑!
10月6日 15:00  国立小劇場 五條珠實リサイタル
新作の「妖魔道成寺」で、珠實師が映像を使ってみたいというので、私が非常勤講師を勤めている多摩美術大学の山本圭太を紹介する。圭太は頑張って、それなりの結果を出したので、紹介した私も一安心!それよりも圭太の人柄で、照明・音響・大道具等々海千山千(笑)の舞台スタッフに好感を持たれ、可愛がられたのがなにより!
10月3日 13:30 シアターコクーン 「NINAGAWA マクベス」千穐楽
私自身、無事に勤められて感無量… 蜷川先生が大変お元気なのがなによりも喜ばしい!また機会があれば、ご指導に与りたいと切に願う!
終演後マクベス夫妻が、有志を集って、渋谷の割烹で打ち上げをしてくださる。市村正親さんは大病を克復した後のハードな舞台だっただけに、安堵感に溢れているそのご様子が印象的で頭が下がる。
田中裕子さんとは、今夜はじめて親しく会話させて頂いた。裕子さんも公演中は緊張の毎日でやっとホッとした仰った。ベテランにしてこの言葉!私ごときが緊張するのは当たり前。
9月28日 19:00 駒場アゴラ劇場
木ノ下歌舞伎「心中天網島」
木ノ下歌舞伎は以前から観たい、観たいと思っていて、ようやく念願叶う。ミュージカル?というか歌入り芝居で、妻子ある中年男の破滅という狙いがよく伝わる。それだけに、終幕の小市民的な締め括りは不要。
9月23日 18:00 下北沢高瀬邸
文学座の高瀬氏の肝いりによるマクベス出演者有志による飲み会。
芝居者に悪い人間は居ない!ということをしみじみ実感する飲み会(笑)
9月19日 日本国大転換の日
どうして、世の中全てが、こんなにも刺々しくなってしまったのだろう?他人の立場に立って、人を思いやれる生物は人間だけだと生物学者の方が云っておられたが………。
価値観は人それぞれ。ほどほどの生活。生きている有り難み。しかし、それは四季がある島国特有の生温い人生観なのだろうか?
2015年9月7日 18:30 シアターコクーン 「NINAGAWA マクベス」初日
あの伝説の舞台に自分が立てることに興奮する!だが、私は徳三郎さんのあとを追うだけで精一杯である!本当に!蜷川先生は大変お元気で、終演後のパーティーでも意気軒昂!
今年を振り返って
1月、歌舞伎座
高麗屋丈の「一本刀土俵入」我孫子屋の酌婦 小山三さん最後の舞台でご一緒させて頂く。衣裳の選択、あたまの結い方等々全てご指示頂く。稽古の折「あんた、云ってちょうだい」とご自分の台詞を割ってくださる。
千穐楽の三日前体調を崩され、「あしたから休むから、あんた、あたしの替わりをするんだよ!頼んだよ!」と云われ、「はい」と答えた。それが言葉を交わした最後となった。小山三さんの替わりなんて出来るはずないじゃありませんか!内心そう呟いた。合掌
2月 歌舞伎座
音羽屋丈の「神田祭」で手古舞と、高麗屋丈の「筆屋幸兵衛」の長屋の婆 婆は二度目でやはり場数を踏むことが大切だと実感。手古舞から婆が20分の幕間で必死!(笑)
3月4月
市川海老蔵丈の全国巡業で「源氏物語」の紫式部 ストーリーテラーの重要なお役を頂き嬉しい!
4月後半 南座
引き続き海老蔵丈の舞踊公演で、「身替座禅」の侍女左枝 今までチャンスがなく、一度は勤めてみたかったお役!
7〜8月
スーパーパントマイムシアターSOUKI と二年ぶりのコラボ「三國妖狐譚」やりたい放題!爆笑!
8月 尾上右近の会 国立小劇場 「鏡獅子」胡蝶
右近さんが節目の歳だからと踊らせてくださる。足腰に不安はあったが、無事に踊り了せる。色々な意味でいいリハビリになった!(笑)
右近さんに感謝!
9月 シアターコクーン 「蜷川マクベス」魔女
35年前の日生劇場初演を観た時の衝撃は忘れられない!嵐徳三郎さんの魔女は今でも目に焼き付いている。そのお役をまさかさせて頂くことになるとは夢想だにしなかった!初演通りにという蜷川先生のご意向に沿って、徳三郎さんの魔女を型として、その通りに演じさせて頂く。勿論、徳三郎さんの足下にも及ばないが…。蜷川先生の、上から下まで分け隔てなく容赦ない言葉の灰皿が飛ぶ稽古場に居られたことは貴重な経験だった!あの稽古場をもう一度体験したい!
9月22日 国立大劇場 若柳里次朗古典舞踊研究会 「京人形」京人形の精
里次朗さんとは久々に共演。むかし、師が紀尾井町の旦那(二世松緑)と京人形を踊った時、普通は傾城の時は人間らしく踊るところ、師は傾城になっても人形の様子を残していたので、そのやうに真似してみたが、なかなか難しい。改めて名手雀右衛門の偉大さに脱帽!
10月6日 国立小劇場 五條珠實リサイタル 「妖魔道成寺」ドラキュラの老侍女
まさに五條珠實の世界!楽しく勤めさせて頂きました。
10月中旬 シンガポール 市川海老蔵舞踊公演 新作舞踊劇「嫐」乳母呉竹
歌舞伎十八番の「嫐」を新しく創られるということで乞われる。
シンガポールを訪れるのは4回目だが、10年ぶりなのでその変貌に驚く!ガーデンシティと呼ばれるほど緑の多かったシンガポールだが、再開発で緑が減少し、高層ビルが林立している現況がちょっと残念…
8月4日 13:00 さいたま芸術劇場大稽古場
「蜷川マクベス」読み合わせ。
いよいよ、蜷川マクベスの稽古始動。蜷川先生が、読み合わせに入る前の挨拶と訓示の折に、初演の徳三郎さんの魔女がよかった!よかった!と頻りにおっしゃるので、大変なプレッシャー。冷や汗の掻き通し。

8月2日 17:00「三國妖狐譚」千穐楽 
19:30無事に閉幕。
毀誉褒貶相半ばするであろうことは必定!(笑)

7月31日 18:30 渋谷伝承ホール
「三國妖狐譚」初日開幕!
信じがたいアクシデントがあり、一座全員、唖然…呆然…意気消沈…
ええい!そんなことに負けてたまるか!と奮い立たせて、テンションUP ↑

7月20日 11:00 小平霊園→王子稲荷
三國妖狐譚成功安全祈願のため、郡司正勝先生の墓前と関東のお稲荷さんの総元締め王子稲荷に詣る。
小平霊園は広々と落ち着いた霊園で、いい環境。同行した大倉さんは郡司先生の声が聞こえた!と呟いた。
うん十年ぶりに訪れた王子稲荷は、大昔、近所に母方の祖母が住んでいて、よく泊まりに行ったので、王子稲荷も名主の滝も子供の私には格好の遊び場だった。稲荷の近所には名代の久壽餅(葛餅)屋もあったはずだが?、未確認。
音無川沿いの江戸の名料亭扇屋も、以前一度寄せて頂いたが、今は廃業して名物の卵焼き販売店があるのみ…。
嗚呼!往事芒芒………
無事にお詣りを済ませ、行き付けの新宿の天麩羅屋で、大倉さんと直会。

7月17日 19:00 両国blackA
柴崎正道 構成・演出・主演「カルテット」
作・ハイナー・ミュラー、翻訳・谷川道子、上演台本監修・岸田理生
岸田理生アバンギャルドフェスティバルの一環。この9回目を迎えるのリオフェスに、柴崎氏は5回目の参加だという。
柴崎さんは22年前、郡司正勝先生の「紗羅女急々の段」でご一緒して知己を得た。そのまま疎遠になっていたが、その折演奏を勤められた鶴澤津賀寿さんが、偶然ネットで柴崎さんの舞台活動を知ってお誘いを受け、久々の邂逅となった次第。 お互いにお互いの健在を喜び合う!
お互い、舞台が死に場所だということを暗黙のうちに確認した(舞台の上で死ぬという意味ではありません 笑)

6月26日 18:30 新国立劇場中劇場
「東海道四谷怪談」
旧知の山本亨が四谷左門に出るというので観に行く。亨は伊右衛門の仁なのに、もう左門を勤める年齢になったか!と感慨一入。

6月1日
5年前の2010年6月のコクーン歌舞伎は、故18世中村屋丈主演の「佐倉義民傳」だった。私も乞われて、初めてコクーン歌舞伎に参加した。
それは、全編ラップで綴っていくという構成演出(串田和美さん)で、ラップの作詞はいとうせいこうさんだった。終幕は出演者全員で反戦を訴え、平和を祈るラップで締め括った。江戸時代の農民一揆の物語が21世紀の我々の物語として甦った瞬間だった。
その舞台が頻りに思い出される昨今である。

3月19日 11:30 目白椿山荘 若柳里次朗・藤蔭瑠里娘 挙式及び披露宴
目出度い!目出度い!明るい肝っ玉母さんみたいなお嫁さんで頼もしい限り!里次朗と共に、若柳の実家を盛り立ててくれ!ほんとに目出度い!
ご依頼により?、藤間若宗家、市川ぼたんさん、市川新十郎さんと四人で、お嫁操り三番叟をお祝いに舞い唄う?(笑)
三百人ほどの出席者の、盛大な披露宴!ほんとにほんとにおめでとうございました!
その後、私と新十郎さんは、巡業先の福井に移動。福井駅に着いたのは午前0時。祝い酒でふたり共ベロベロ(笑)

3月17日 金子國義先生ご逝去
急な知らせに茫然…。
金子先生は、高橋睦郎先生のご縁で知己を得た。師とも親しかった金子先生は、私と京妙さんを、方々遊びに連れて行ってくださった。遠いむかしの懐かしい想い出である。
今はない溜め池のスワンキーというbarの壁面一杯に金子先生の世界が満ち満ちていた。これも懐かしい想い出である。今でも目に浮かぶ。合掌

2月21日 十代目坂東三津五郎さん逝去。
天は歌舞伎を見放したのか!?酷い!あまりに酷い!
悲し過ぎて言葉もない。合掌

2月11日 13:00 三鷹徳大寺 西川喜久輔師告別式
喜久輔師は戦後、師雀右衛門の友右衛門時代から師に私淑し、師の舞踊演目のほとんどを師から直接教わったという、まるで三代目三津五郎の女弟子みたいな稀有な存在だった。その誠実なお人柄故、師も絶大な信頼を寄せており、我々一門の勉強会櫻梅会でも、お師匠番格として長年大変お世話になった。
平成元年夏の第十会記念の櫻梅会で、私は娘道成寺を踊ることを師より許され、喜久輔師に懇切丁寧に雀右衛門の娘道成寺を教わったにもかかわらず、4月23日の私の交通事故でそれがおしゃかになり、それ以来、喜久輔師はいつ踊るの?いつ踊るの?と仰ってくださるのだが、私も臆病になって先延ばしするうち、ついに実現の機会を失ってしまったことが一生の痛恨事である。
再度云うが、喜久輔師は四世雀右衛門の舞踊の女弟子である。いずれ四世中村雀右衛門の芸の、詳細な分析と評論が編まれることを期待するが、喜久輔師の証言は、その絶対的な資料となるはずだった!
くやんでもくやみきれない!    合掌

2月7日 13:00 国立能楽堂
芸能学会のシンポジウム「国立劇場の養成事業の現状」に、パネラーとして招かれる。沖縄組踊り、能楽笛方、大神楽の研修修了生の方々も招かれ、違う分野の方々と初めて言葉を交わして、意見交換が出来たのは有意義だった。

1月27日 18:30 日本橋公会堂「中村京蔵 舞踊の夕べ」
6年振りの開催。今年は年齢的に節目の年なので、勉強のし直しを思い立った次第。
「豊後道成寺」と「二人椀久」椀久は花ノ本海さんにお願いした。
当日配布したパンフレットに、思いの丈をぶちまけた!(笑)それは、書き記しておく必要があると勝手に思い込んだからだが、数人の方々から、資料としての価値があるとご指摘頂いたことは、望外の喜びだった。

1月8日 18:30 外苑前梅窓院
恩田三重子様(五條珠實師夫人)通夜。元赤坂の芸妓で、江戸っ子そのもの!気っ風のいい姐御肌の方だった。昨年暮の結婚20周年の時も、お好きなあさりの酒蒸しをよく召し上がられてお元気だったのに…。
お酌時代の2,26事件前後のこと、15世橘屋に可愛がられたこと、男勝りの酒豪伝説、赤坂の真夏の夜の出来事!?などなど興味が尽きない逸話の宝庫だった。
ご長寿で、お年に不足はないとは云え、奥様想いの珠實師のお気持ちはいかばかりか…。
師雀右衛門が揮毫した白地塩瀬、金霞に月ゆき花の帯が出来上がって、それを締めて楽屋に来られて、師の前で師に見せた時の、七段目のおかるのやうな無邪気さがいまだに目に焼き付いている。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。            合掌

2015 1月1日 午前0時
明けましておめでとうございます!

2014年
12月31日 23:45  自宅
今年も暮れる。今年もよく働いた。怒濤の一年だった!来年は年齢的に節目の年。今年よりももっと大変になりそう…嗚呼!頑張るぞ!

12月13日 18:30 東京文化会館
日本舞踊×オーケストラ公演
東京文化会館は、私には武智鉄二先生のカバン持ちで度々訪れた思い出のホール。今回の舞台を観ながら、武智先生演出のオペラをしきりに思い出していた。

12月12日 18:00
水道橋宝生能楽堂銕仙会定期公演。「通小町」と「殺生石」

12月10日 18:30 国際フォーラムC
宝塚OG 版による「CHICAGO 」
峰さを理さんの男役ビリーが圧倒的な存在感!流石!

11月21日 18:30 紀尾井ホール
高橋翠秋師の胡弓の会
新曲「羽衣」が大曲輪な楽器編成で楽しめた。

11月11日 午後 原宿大田記念美術館 「歌川国貞展」
国貞の三枚続きの役者絵は、どれもこれも舞台の躍動感、役者の息遣いがひしひしと伝わってくる!

10月24日 19:00 新宿サザンシアター
文学座公演「天鼓」。高橋正徳氏の演出。高橋さんは、4月の天守物語の演出を担当され、知己を得た。

10月24日 11:00 歌舞伎座五階ギャラリー
海外プレス向けのイベントで、女形の扮装(化粧、着付等々)をお見せして、藤音頭を踊る。解説は松竹の岡崎哲也氏。何度もご一緒の経験があるので、息はピッタリ!

10月18日 13:00 目黒喜多能楽堂 華諷会-馬野正基能の会-
国立の角力場を終えて駆け付けると、「砧」の後シテの出に間に合う。9歳のご長男訓聡(くにあき)さんが、初シテで「猩々」を勤められた。

10月13日 夜半 国立劇場楽屋
今夜はまた台風が都心を直撃するというので、楽屋に泊まることになった!
実は先週、台風直撃の翌朝に電車が動かず往生したので、大事を取った次第。魁春丈ご門下の春花さんも泊まられたので、ふたりで声を潜めて深夜の酒盛りと相成った(笑)

10月9日 18:00 青山梅窓院 清元志佐雄太夫師通夜
突然の訃報に言葉もない。最後にお目文字したのは師の追善舞踊会で、私の現在道成寺の地を勤めて頂いた。
ご自身も舞踊を習得されておられたので、演者の気持ちに寄り添った語り口で、すっとその世界に誘ってくださった。錆のある色気のある美声は語り物としての清元節の真骨頂であった。
私も親しくさせて頂き、酒席にも何度かお誘い頂いた。ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌

10月5日 18:00 国立小劇場 一寿会「吉野山道行」
花柳寿太一郎さんが怪我を克服されて全快祝いの会。寿太一郎さんの忠信で、静御前を仰せつかる。
花柳流の義太夫地の吉野山道行は、先代市川猿翁師の為に、二代目花柳寿輔師が振り付られたもので、ずっと以前、当代猿翁師と師雀右衛門の躍動感溢れる舞台が忘れ難い。
花柳流の指定で、静御前の衣裳は赤姫の着付・打ち掛け。かなり重いので、「雁と燕」の手の込んだ振りをこなすのは至難の技。稽古中に膝に痛みが走ったので、マッサージと針とお灸で応急処置をし、本番は事なきを得てひと安心。
それにしても、寿太一郎さんは靭帯損傷という大怪我を乗り越えての舞台だから素晴らしい生命力!大尊敬申し上げます!

9月27日 早朝
岐阜美濃加茂市行き。坪内逍遙を顕彰する催しに招かれて、桐一葉とマクベスの朗読。及び、素踊りで「お夏狂乱」。振り付は五條珠實師。
18:00開演で、とんぼ返りの強行軍。

9月15日 19:00 下北沢某シアター
映画「ボカロ文楽」
友人のM 氏に誘われて、不思議なものを観てしまった!

9月12日 18:00 東京芸術劇場シアターイースト
昨年に引き続く演劇系大学共同制作の第2回公演。
永井愛作「見よ、飛行機の高く飛べるを」
ダブルキャストで、私はA 班を観たが、みな、なかなか上手い。私の教え子の多摩美の守利郁弥が、役柄にピッタリで生き生きしている。
終幕の演出家のだめ押しのメッセージは不要。一気に白けた。

8月28日 18:00 日本橋公会堂「藝〇座」公演
松羽目物仕立ての「オズの魔法使い」がよく出来ている。
ただ、セリやスッポンを多用し過ぎ。

8月21日 正午 国立小劇場
師の三回忌追善舞踊会
私は鈍感だから気が付かなかったが、観ていた方が、客席後方に師雀右衛門が確かに居た!とおっしゃっていた!嗚呼!

7月14日 21:00  銀座酒仙堂
雑誌の取材で、萩原朔美先生と久々に邂逅。話しが 弾む!
酒仙堂は、素敵なマスターと美味しいカクテルとこだわりの酒肴でお薦め。

6月30日 17:15 日比谷シャンテ
「グランドブタペストホテル」
友人のU氏を誘う。アナログとデジタルが見事に融合した映画!感傷に陥らず、時代の推移を客観的に描く。傑作!

5月21日 深夜 自宅
京妙さんが、どうしても観なさい!と云って貸してくれた映画「バーレスク」のDVD を視聴する。
破綻寸前のショウパブを再建すべく奮闘する女性の物語だが、これが傑作!特に、現実と劇中のショーとが交錯する具合が無類。俳優陣もみな個性豊かで素晴らしい!お薦め、是非!

5月19日 7:15 丸の内イタリアンレストラン
金田栄一氏のご依頼で、丸の内朝大学といふ勤め人向けの早朝講座に招かれ、歌舞伎のレクチャーを一時間受け持つ。色々な講座があり、参加者は受講の後出勤するという。朝の苦手な私はビックリするやら、脱帽するやら。前向きな皆さんに拍手!

5月14日 19:30 品川プリンスホテル
サンフランシスコの土居由利子ご夫妻来日。ご夫妻はいつまでもお元気で若々しい!また、ご一緒に仕事がしたいが、なかなかねえ…(ため息)

5月9日 19:00 銀座二葉鮨
お世話になっているK 氏に初めて連れて行って頂く。
前から店構えが気になっていたが、はたして江戸前のきちんと仕事をしている正統派の鮨で、おおいに堪能した!

4月28日 17:00 歌舞伎座
新装開場一周年記念式典。師雀右衛門もたしかに舞台に居た!

4月27日 12:00 「天守物語」無事千穐楽
私は様々な他流試合の経験があるが、この度もまた、各分野の方々とご一緒出来たことは、まことに有意義だった。
月並みな言い方だが、演技構築、化粧、着付け、小道具の扱い等々、他分野と歌舞伎との相違点を改めて目の当たりにして、私も勉強になったし、美的感覚の相違を痛感して大変興味深かった。
他流試合ははじめての梅丸さんも、得たものが大きいと思う。お互い、今後の舞台に生かしたい。

4月26日 14:00 渋谷東急文化村オーチャードホール
「天守物語」返り初日。こちらも満席!

4月23日 14:00 大阪中ノ島フィスティバルホール
「天守物語」初日
改築後は初めてで、音響のよさは抜群。二千席満杯!無事打ち上げ、乾杯!

4月18日 19:00 西麻布浅井
岐阜の僧侶玉田氏と久々に再会。玉田氏の友人が昨年夏に開店したフレンチ風和食のお店にお連れ頂く。
10年振りくらいの再会なので、話題は尽きない!see you soon を約束して別れた。

4月5日 正午 国立大劇場
第75回珠實会 念願の雪の道。終盤大雪の中、所作板の段差に下駄で蹴躓くも!必死に踏ん張って(冷や汗)無事終了!

3月31日 13:00 新宿村スタジオ
天守物語立ち稽古。既に北新宿のスタジオに移って本格的に稽古が始まっているが、私はやっと本日から参加。この北新宿界隈も久々に訪れたが、再開発でスッカリ様変わりしていてビックリ!

3月28日 11:00 国立劇場大稽古場
珠實会下浚い。家元の戻橋のお手伝いをして、16:00から雪の道。衣裳や小道具の捌き、三味線・お琴と振りとの運びのバランス等々難しい。四苦八苦(汗)

3月27日 11:00  歌舞伎座
新しい歌舞伎座でのはじめての俳優祭。ロビーが狭くなったので、模擬店の捌きが一苦労。

3月18日 13:00 四ッ谷紫山会館
天守物語の第二回目読み合わせ。

3月12日 16:30 国立小劇場
今期歌舞伎研修生研修発表会「太功記十段目」
全員真摯に取り組み、大天晴!みな優等生で、我々の時代の破天荒さがないのが、ちと気掛かり(笑)

2月23日 19:00 六本木TOHOシネマズ 「フランケンシュタイン」
この映画は、イギリスナショナル・シアターで」上演された舞台を映像化し、「ナショナル・シアター・ライブ」として上映する、日本公開作品第1弾。ベネディクト・カンパ―パッチとジョニー・リー・ミラーが、怪物と博士を交互に演じるダブルキャストで、私は、カンパーパッチの怪物、ミラーの博士の配役で観た。
カンパーパッチの怪物の凄み、愛おしさ、悲哀が圧巻!ダニー・ボイルの演出は、差別問題、現代文明の混迷にも踏み込んでおり、必見の名舞台(名映像)だ!

2月22日 11:30 青山墓地
師の三回忌法要。今村源宗導師は、病後術後ということで案じられたが、思いの外お元気で一安心。

2月15日 早朝 大雪
今日は正午より、国立大劇場での日本舞踊協会公演で、五條珠實師の「白玉権九郎」等々を拝見するつもりだったが、この大雪で東横線が脱線不通。流しのタクシーはつかまらず、無線タクシーも繋がらず、遂に断念。残念、無念!
しかし、昨夜からの大雪は雪嵐とでも云うべき物凄さで、ビックリしたなあ〜

2月12日 18:00 四谷紫山会館
「天守物語」第1回読み合わせ。終幕、桃六を勤められる梅若六郎師の朗唱が圧倒的! これあればこその新版「天守物語」!
図書之助を勤められる須賀貴匡さんは何処かでお見受けしたやうに思うが思い出せない。
ウーム(沈思)

2月8日 13:00 五本木 木村クリニック
年1回の胃と大腸の検査。痛くも痒くもないない検査は大いに助かる。
少し辛いのは早朝から2リットルの水と下剤を飲んで腸をキレイにすることだけ。大過ない検査結果に一安心。

2月6日 16:00 新橋ゆうきビル
青木みどりさんに1年振りにお目に掛かる。みどりさんは、武智鐵二歌舞伎塾の盟友。
いつお会いしても元気一杯! それにもまして90歳になられるというお母上がみどりさんを上超す超人的なパワーで絶句! 女性は強い!
亡き父上の形見のお着物を沢山頂く。ありがとうございました。

2月3日 14:00 新富町日本演劇衣裳
「雪の道」の衣裳調べ。40年以上前に師が着ていた衣裳が残っていた!栗梅の地に麻の葉模様。しかし、古い衣裳なので行・丈が出ない(涙) 師の衣裳方だった松本常務が、「よっしゃ!」とばかり、新規に染直してくださる。感謝!感謝!

2月1日 13:00 国立能楽堂
「天守物語」の顔寄せと記者会見。茂山逸平さんと15年ほど振りに再会。
随分大人になられ、父上と面差しがよく似て来た。朱の盤坊と舌長姥での共演が楽しみ。

1月26日 中村吉之丞さんご逝去
吉之丞さんは、色々ご指導頂いた恩人のおひとりである。「紅葉狩」の更科姫、「引窓」のお幸、「大蔵卿」の鳴瀬等々。
中でも「紅葉狩」は、その折は国立の養成課が振付師を立てない方針だったので、師雀右衛門の監修、吉之丞さんのご指導(吉之丞さんは歌舞伎会で更科姫のご経験がある)ということになり、吉之丞さんは快諾されて、稽古場では、姫から山神から従者から腰元まで全役指導されて、ご自身で演じてみせてくださったのには舌を巻いた!
私事で恐縮だが、数年前、演舞場での「四谷怪談」では、歌江さんが休演されたので、歌江さんが勤められるはずだった「毛谷村」の母お幸に吉之丞さんが廻り、吉之丞さんが勤められるはずだった四谷様のお弓を私が勤めさせて頂いた。また、昨年暮、国立の「主税と右衛門七」では、乳母お粂を勤めさせて頂いたが、このお役も55年前の初演時は吉之丞さんが勤められているので、お話しを伺いたかったのだが、入院されて居たので、それが叶わなかったのが残念だった。このやうに、吉之丞さんとはご縁の深さを思わずにはいられない。
舞台のお姿は、なんと云っても「梅暦」の正次に尽きる!老婆役でもなんでもない、あの少し年増の深川芸者の仇っぽさに尽きるのである。合掌

1月9日 18:15 TOHOシネマズ渋谷 「かぐや姫のものがたり」
久しぶりのスタジオジブリのアニメ。高畑勲監督の最新作。「かぐや姫の罪と罰」という副題に興味を覚えて観た。
私見では、伴大納言絵巻や信貴山縁起絵巻などの古い日本絵画をよく研究されて、また、かぐや姫が疾走する場面は、小林古径の清姫図を参考にされていると推測された。さらに、ラストの月よりのお迎えの一行が奏でる音楽もポリネシアンミュージックだったりと斬新な趣向も散見された。
しかし、かぐや姫の罪と罰という辛い切り口は期待外れで、いつものジブリ調だったのは惜しい。

2013年
12月31日 19:00 NHK 紅白歌合戦
石川さゆりさんが着ていた大振袖に感嘆!藤色がかった鼠(鼠がかった藤色ではない)のちりめん地に金糸銀糸で縫い取り、墨絵で染め出した波と松の荒磯模様が素晴らしく、目を見張った!
ほかの歌手とは一線を画した格調と美意識は見事で、さゆりさんの見識の高さを思わせた。

11月16日 坂東三津之助さん逝去
茫然自失。先月も一緒に清元の稽古をしたではないか!?なぜ!?
これからの歌舞伎を担う大事なひとりだったのに…合掌。
またしても、千本桜二段目の典侍の局の台詞が脳裏を過る。「悲しいことの数々が続けば続くものぞいのう」

今回の気まぐれ日記は、年明け早々、追悼集みたいになってしまったが仕方ない。その悲しみを乗り越えて、前向きに生きやう!ヤットコトッチャア ウントコナ!

11月8日 島倉千代子さん逝去
亡き父が大ファンだったので、実家にもお千代さんのレコードがあった。私もよく耳にしていた。紆余曲折の人生で、まさに「人生色々」を地でいったが、優しい歌声は不変だった。新曲を発表して旅立たれたことは、歌手として見事なご生涯だったと云える。合掌

11月5日 松井今朝子女史ご母堂ご逝去
ご母堂は、あっけらかんと闊達な、楽しいお人柄だった。その資質は今朝子さんに引き継がれている。
「さいならと旅立つ母や冬日和」合掌

10月30日 川上哲治氏逝去
祇園の料亭川上の名前の由来を、故茂山千之丞師より伺ったことがある。その真偽を、川上先代ご主人のご長女松井今朝子女史に伺ったところ、明確なるお答えがあった。詳しくは、今朝子女史のHP のバックナンバーをお読みください。

10月27日 19:00 文化村ル・シネマ
「危険なプロット」
教え子のレポートにのめり込んで行く高校教師の破滅を描く。よく出来た知的サスペンス。面白かった!

9月30日 午前0時 「味千」閉店
うちの近所の和食の名店「味千」が経営が成り立たないので閉店するという。駒沢陸橋の側道沿いでは、やはり難しいらしい。
しかし若いご主人の庖丁は一流だった。惜しい、全く惜しい!
再会を約して、持ち込みの自前の盃をそのまま預けた。

9月25日
東京駅午前10:44発長野新幹線に乗車。上田で在来線に乗り換えて戸倉で下車、タクシーで上山田温泉に向かう。言わずと知れた五條珠實師のふるさとである。
昨年、ご生母が逝去されて、そのご実家を改装したので、珠實師から、温泉に入りがてら遊びに来いとお誘いを受けたのである。
鄙びて寂れた、時間が止まったやうな温泉地だが、温泉の質はまことに良好で、温泉に浸かりながら、こういう時間が大切なんだとしみじみ思う。
もともとわが家のルーツは長野県で、親戚も多く、子供の頃、毎年夏は小諸の親戚へ挨拶と墓参りがてら、小諸からバスで30分くらい山奥の菱野温泉に家族中で避暑に行ったものだ。その小諸駅も今はないと知って愕然!横川の峠の釜飯も遠いむかしと身に染みて、往時芒芒…言葉もない。
それはさておき、上山田温泉街には、今後も是非頑張ってほしいと願う。
珠實師の同級生の英二さんとも久々の邂逅を果たし、命の洗濯が十二分に出来た一泊二日だった。珠實師に感謝!感謝!

9月19日 中秋の名月
川口牡丹先生から「お月見に呑みなさい」とお送り頂いた伊賀の名酒を頂きながら、見事に美しい満月を愛でた。次の満月は8年後だという。名残惜しやの。

9月14日 18:30 彩の国さいたま芸術劇場 「ベニスの商人」
蜷川幸雄氏演出 市川猿之助丈のシャイロック、猿之助丈のシャイロックが圧倒的。法廷の場の引っ込みなぞ、尾上の口惜しいと仁木の今に見てろを掛け合わせた面白さでやんややんや!付け加えたラストシーンも結構。お芝居の醍醐味満載で、ちかごろ堪能した。

9月5日 18:30 東京芸術劇場シアターイースト 「わが町」
この公演は、日本大学の呼びかけにより演劇系大学(桜美林・玉川・多摩美術・桐朋学園芸術短期)が集い、日本で初めて行われる大学の共同製作プロジェクト。文化庁も後援している。
演者は各大学からの学生で、私の教え子もいる。発声・台詞が全員ダメ。どうしてあんな素の発声と台詞を舞台でよしとするのか?

9月2日 宮崎駿氏引退表明
宮崎駿監督作品で一番好きなのは、「ハウルの動く城」
どちらかというと高畑勲監督作品のほうが私は好きだ。
「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」

8月22日 藤圭子急逝
「圭子の夢は夜ひらく」は1970年にリリースされ大ヒット。私は15歳だったが、実家にレコードがあったし、よく憶えている。今でも唄える(笑)彼女が唄うのは演歌ではなく怨歌だと云ったのは、作家の五木寛之氏だった。 そのことも強烈に記憶している。惜しい、まったく惜しい。また唄ってほしかった。合掌。

8月18日 11:00
「瀧夜叉姫」公演の成功と安全祈願の為、小平霊園の郡司先生のお墓と、大手町の将門の首塚と、神田明神にお詣り。

8月6日 18:00 代々幡斎場
川瀬白秋師通夜
白秋先生には、「盲目物語」の琴を弾く侍女で二度もお世話になった。四谷の先生のお稽古場へ何度も通い、また稽古用のお琴もお貸し下さったので、自宅で寝ても覚めてもお琴浸けの毎日だった思い出がある。
ふだんも可愛がって頂き、先生の古稀の御祝の会で、義太夫の「萬歳」を踊らせて頂いた。ともあれ、白秋先生の歌舞伎へのご功績は計り知れない。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

8月4日 17:30 渋谷ル・シネマ
「マジック・マイク」を観てから、「ごまや」渋谷店に久々に行く。ここは野菜が美味しく充実していてお薦め。店長の清水君もとても親切。

7月13日 16:00 アミューズ・ミュージカルシアター
韓流ミュージカル「風月主」
M氏がどうしても観ろ!と云うので?お供する。ストーリーはなかなか面白いが、肝心要の女王の存在感が希薄で残念。この女王はいい役で、私も演じてみたい。

同日 19:00  国立小劇場
日本舞踊協会新作公演「創國紀」 男女組
今日は怒涛の一日で、歌舞伎座の舞台を済ませてから、ミュージカルと日本舞踊を分刻みに掛け持ちしたので、21:00過ぎにやっと本日の二食目に与る!お腹ペコペコ(笑)。

7月12日 19:00  Bunkamuraオーチャードホール 
マシュー・ボーンの「ドリアン・グレイ」
ダブルキャストのうち、大貫勇輔のドリアン・グレイを観る。マシュー・ボーンが、原作を換骨奪胎して、スタイリッシュに、無機的に、ソフィスティケートして魅せる。流石!大貫が期待に応える!

5月18日 16:00 国立大劇場 前進座公演「御浜御殿」「一本刀土俵入」
前進座の御浜御殿は、昭和37年12月の旧演舞場で、長十郎の綱豊、翫右衛門の助右衛門、5代目国太郎のお喜世、5代目芳三郎の江島で観て以来。
御浜御殿という芝居を観たのも、この時が初めてである。
今村文美のおじゃれが、元禄風の拵えが似合い出色。
一本刀では、高橋佑一郎の船印彫辰三郎が健闘賞。

5月18日 10:00 谷中全生庵
師の付人、伊藤喜久子さんの一周忌法要。

5月15日 18:30 帝国劇場 「レ・ミゼラブル」
田村良太のマリウスが、仁がドンピシャではまり役。
歌舞伎同様、仁は大事である。

5月13日 19:00 二子玉川花組芝居アトリエ
「婦系図」は、花組芝居の傑作のひとつだが、今回はリーディング形式。場内のサロン風な設えが、明治の時代色があり、いい。

5月6日 国立小劇場 「扇の会」(坂東勝友師主催)
朋奈さんの振袖山姥、大奮闘! 師雀右衛門も好んで演じた舞踊で、元々は歳経る山姥で終わるが、師は郡司正勝先生の「金時が下山する時、ふと振り返ると、振袖姿のお母さんが見送っていたい」と云う意見を取り入れて、3度目に演じた時は、幕切れはまた振袖姿に戻った。それを朋奈さんに伝えたところ「それがいい、そうしたい!」ということになり、色々とご助言した。
この「振袖山姥」は、文化1年11月、江戸河原崎座の顔見世狂言「四天王楓江戸粧」一番目三建目の浄瑠璃所作事で、振りは途絶えたが、常磐津の曲のみ残った。その後大正14年の第13回「羽衣会」(五世中村福助主催)で復活された。この折、岡鬼太郎が加筆、花柳寿輔が振付をし、常磐津を清元に改曲(清元梅吉)した。配役は、五世福助が山姥、七世坂東三津五郎が公時(金時)であった。これを、当時芝居に居られた若柳鵬翁師が記憶されていて、昭和になって、若柳流の会で復活、国立劇場主催の舞踊公演で再演された。さらに、昭和56年の同じく国立劇場主催の舞踊公演にて、鵬翁師(当時、吉三次)の振付により、師雀右衛門の山姥、九世三津五郎師の公時で上演。師はこの振袖山姥を大変気に入り、二年後の昭和58年5月28日の第4回「雀右衛門の会」で再演。公時は十二世市川團十郎師(当時 海老蔵)であった。そして、平成2年1月国立劇場の本公演で師は3度目の振袖山姥を勤めた。公時は5世中村富十郎師であった。
清元は3回ともすべて、志寿太夫、栄三郎連中。師は上演の度毎に、鵬翁師と相談して工夫を重ねた。
私はこれらを逐一そばに居て見聞きし携わっていて、いずれは演じてみたいと常々思っていたところ、平成23年4月9日国立大劇場での若柳秀次朗師の追善舞踊会(若柳里次朗さん主催)で、図らずも勤めさせて頂ける機会を得た。公時は、秀次朗師の長男、市川新十郎さんで、鵬翁師の高弟である秀次朗師も上演を望んでいたが、急逝されて果たせなかったという経緯があり、その上で、日頃からお親しくさせて頂いていたご縁で、未亡人の圓師からのお声掛かりだった。
さて、坂東勝友師は、この振袖山姥の公時を2度ほど勤めておられ、山姥は2度とも坂東三津緒師。鵬翁師より懇切に振り写しをされておられ、この度、お嬢さんの朋奈さんの山姥、坂東流家元ご長男の巳之助さんの公時での上演と相成った次第である。
大変趣深い、古風な味わいの舞踊劇で、是非、上演が途絶えないことを祈りたい。

5月5日 13:00 赤坂五條家元宅
我が盟友、五條珠実師の奥方三重子さんは、今年91歳になられる、もと赤坂の名妓だ。御酌のころ、15代目羽左衛門に可愛がられて、お座敷に入り浸っていたというし、二二六事件当日のことも鮮明に記憶され、赤坂界隈の物凄く面白い話し?!(笑)も折々に伺っていたので、お歳もお歳だし(失礼)、ここで聞き書きを取っておくべきだと判断して、早稲田大学の児玉教授に打診したら、興味をしめされたので、本日のインタビューと相成った次第。
果たして、ビックリ話しが出るは!出るは!私も児玉教授も口あんぐり。到底ここには書き込めません!どうぞ、お許しを。
100年後をお待ちください、と思わせ振りな締めくくりで、まず今月は、これ切り。

4月2日 11:00 歌舞伎座柿葺落4月公演初日
テンヤワンヤのうちに初日を迎えたが、やはり真新しい檜舞台に立つと気分一新!客席も凄い熱気で、三階席と一幕見席が急勾配になったので、天井から人が降って来そうな勢いである!(笑)
私は、歌女之丞さんと共に俳優協会の歌舞伎座改築委員を仰せつかっているので、図面の段階から色々意見を云い、名題女方の要望も取りまとめて、劇場側と折衝して来た経緯がある。それは主に楽屋回りに関することだが、それでも、自分達の劇場という以上に、日本を代表する日本文化の為の日本一の劇場であって欲しいと痛切に願うからだ!時間は掛かるが、これからも改善点を話し合って、100年先の歌舞伎座に繋げて行きたい!

3月28日 13:30 歌舞伎座 古式顔寄せ手打ち式
黒紋付袴の正装で雛壇に並び、引幕が引かれると万雷の拍手。いつも見慣れた歌舞伎座の客席風景に感慨一入。
師をはじめ、この3年間に物故された方々もこの舞台に確かに居た!
師と同年の小山三さんがお元気で意気軒昂なのがなにより。

3月22日 19:30 天王洲銀河劇場 「スリル・ミー」
3年前日本初演で、大変な評判を得たそうだが、私は初見。宮西氏のお薦めで同行する。今夜は韓国人キャストによる。
辛い重いテーマで、たったふたりの主演者は力演。一番の功労賞はピアノ奏者だろう。
陰影の濃い俳優でもう1度観たい。

3月12日 19:00 渋谷シアタークリエ ミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」
フランス版のミュージカルで、数々のメロディアスな音楽が美しい。
現代的な衣裳、構成舞台、アクロバティックなパフォーマンス、どれも悪くはないが、 例えば衣裳などは、身分的な差、立場、職業をもっと表現しないと、テーマに関わることだから舞台の印象がぼやけると思う。その為、やや単調。
カーテンコールでの、仏語の大合唱が圧巻!

十二世市川團十郎丈の思ひ出
第五期歌舞伎座開場を目前に、当然そこに居なければならない方が忽然と彼岸へ旅立たれた。
十八世中村勘三郎丈に続いての痛恨事である。

成田屋丈の舞台を初めて観たのは、昭和37年5月歌舞伎座、十一代目市川團十郎襲名披露「助六」の福山のかつぎだが、記憶は全くない。
昭和40年6月東横ホールでの「寺子屋」の松王丸も観たが記憶が薄く、この時は、現音羽屋丈初役の「弁天小僧」が瑞々しくて強烈に印象に残っている。
成田屋丈は、十代目海老蔵襲名目前の昭和44年9月歌舞伎座、六世中村歌右衛門丈のともねによる「狐と笛吹き」の春方が好もしく、そして同年11月海老蔵襲名時の富樫と助六が、大先輩総出の助けを借りて、随市川の若棟梁らしい舞台振りで目を見張った!
その後も、成駒屋丈のお岩様での伊右衛門(昭和48年9月、同54年9月歌舞伎座・同52年6月中日劇場)、また、成駒屋丈のかさねでの与右衛門(昭和49年10月、同50年4月歌舞伎座・同52年12月南座)が、成駒屋丈のリードよろしく、素敵な出来栄えで当代一を思わせた!
ここで余談。まず成駒屋のお弟子歌女之丞さんから聞いた話。その「かさね」南座上演時でのこと、この時の与右衛門は、現・梅玉丈、初代辰之助丈、成田屋丈の三人交替制(私は三人とも観た)。旧南座は大きなお風呂場ひとつしかなく、「かさね」終演後は、梅玉丈も辰之助丈も成駒屋丈に遠慮して入ってこない。ところが、成田屋丈は平然と入って来て、成駒屋のおじさんと桶を並べる。するとある時、成駒屋丈は成田屋丈に与右衛門の駄目出しをはじめた。芸熱心な両優のこと、駄目出しは次第に熱を帯びてきて、遂にはおふたりともフルチン(!?)で立ち回りをやり出したそうな!(笑)
もうひとついい話。これは京妙さんから聞いた話だが、成田屋丈が自主公演で「鏡獅子」を踊った時(年月日失念)のこと。ご自宅の稽古場でいざその稽古となり、ご自身でテープを掛けて、すっかり弥生になり切って、老女と局に手を取られて出を待つ体勢になったところ、テープから流れ出た音は「花の外には松ばかり 花の外には松ばかり」!それでも弥生になり切った成田屋丈は気付かない。
後見を頼まれた菊十郎さんが見かねて、そっと成田屋丈にすり寄り耳元で「旦那、音が違いますよ」 やっと気が付いた成田屋丈は、「ああ、そうですか」とひと言、泰然自若としてテープを掛け直したそうな。その一部始終を目撃した京妙さんはひっくり返ったとか!
ね、どちらも、成田屋丈のお人柄を偲ばせるいい話しでせう? 閑話休題

師の「雀右衛門の会」で勤められた「振袖山姥」の金時もどんぴしゃりで無類だった。師の三千歳で幾度も勤められた「直侍」も素敵だった。
玉三郎丈の綾衣との「箕輪心中」の藤枝外記も美しかった。同じく玉三郎丈との「桜姫東文章」の清玄も翻弄される宿命観が無類だった。菊五郎劇団の天地会「文七元結」での、角海老女将も情が深く、本役と見紛うばかりで満場を唸らせた。
俳優祭での拙作「タイタニック」や「灰被姫」でも、素人台本にも拘らず、熱心に演出してくださった。
国立劇場の勉強会で「毛抜」と「鳴神」を上演した際も、総監修が先代又五郎先生で、指導が成田屋の旦那だったが、又五郎先生が「夏雄ちゃんに任せておけば大丈夫」と太鼓判を押しておられた。そういう指導面でも丁寧で絶大の信頼があった。

平成12年9月の公文協巡業で、私は成田屋の旦那の「毛抜」で錦の前を勤めさせて頂いた。こんな有り難く、嬉しいことはなかった!
翌年の夏、国立劇場の勉強会でお弟子の升吉さんが錦の前をすることになり、私に「教えてください」と頼みに来た。「どうして、私に?」と聞き返すと、「旦那が京蔵に聞いて来なさいと言っています」・・・・・ ということは、昨年の私の錦の前を認めてくださったということか!私は嬉しくて夢中で教えた!しかし、下手糞で不器用な升吉は私の期待に応えてくれない!嗚呼!私は成田屋の旦那に申し訳ない気持ちで一杯だった。
それからはなんでもかんでも私に聞いて来るから、なんでもかんでも教えて叱り続けた!一昨年の「曽我の対面」の大磯の虎はなかなかの出来だった。
頑張れ升吉!
いつだったか、暮れの京都の顔見世で、私と京妙さんが祇園の「ぐるめミタ」さんで食事をしていると、奥からほろ酔いの成田屋さんご夫妻が現れた。
私達を見ると、「飲み直しです」とばかり、私達と一緒にカウンターに坐られて、そのまあ饒舌なこと!ここには到底書けないことまでおしゃべりになって(笑)
あの時は楽しかったなあ〜。
師が亡くなった昨年2月23日は、夕刻に愛宕の師の自宅に駆け付けてくださり、私と京妙さんの姿を見るなり「東京に居たのですね、看取れてよかったですね」と声を掛けて下さった。私は必死で涙を堪えた。
昨年10月、演舞場の初日。楽屋にご挨拶に行くと「あなた、海外公演に行っていたのですね」とやにわに声を掛けられた。私が8月末から9月上旬に掛けてイスラエル公演に出向いていたことをご存じだった。私は問われるままにその公演の様子をお話しした。成田屋の旦那は興味深く耳を傾けてくださった。それが言葉を交わした最後になった。
無間地獄から帰還したのだもの、成田屋の旦那は不死身だと信じていた!私はいまだに茫然としている。合掌

2月27日 正午 青山斎場  十二世市川團十郎丈本葬
「二月逝く勇ましかりける次第なり」   合掌

2月11日 16:10 TOHO シネマズ日劇 「レ・ミゼラブル」
私にこの映画を観る資格はない。なぜなら、舞台版を1度も観たことがないから。融通の利かない私の性格としては、まず、舞台を観てから映画を観るのが筋だろうと心に固く決めていた!?しかし、宮西芳緒さんから「またいつ纏まった休みが取れるか分からないでせう?観ておかないと後悔しますよ」と脅されて?それもそうだと心の鎖を切って観てしまった!いやー、観てよかった!名曲の数々。滔々と流れる大河ドラマという以上に、今や死語と化しつつある「大曲輪」な劇作法、映画作法で近ごろ堪能した!こちらももう1度観たい。

2月4日 19;00 新宿ピカデリー 「ライフ・オブ・パイ」
大海原を虎と227日間漂流した少年の物語。単なるアドベンチャーものではない。虎は人生の暗喩であり、パイは虎から人生の様々を学ぶ。きわめて哲学的な映画でそこが新鮮。CGながら大変美しい映像。エスニック調のゆったりとした主題曲が、作品に奥行と客観性を与えている。後を引く映画でもう1度観たい。

2月2日 15:00  大宮 松井今朝子邸
今朝子さんより、新居に来て来て!とお誘いを頂いていたのだが、纏まった休みが取れず、やっと本日、新居お見舞いと相成った次第。
当初「私、何処に引っ越すと思う?」と聞かれて、三軒茶屋からさて何処へだろう?と考えて、「作家の今朝子さんだから、鎌倉とか湘南ですか?」と月並みに答えたら、「大宮よ」との意外な返事だったので、「どうしてですか?」と聞き返すと、「大宮は地盤が強固で地震に強いの。私は京都人だから地震がとってもいや。また、大宮駅は新幹線が通っているから、何処へ行くにもなまじ都内在住より大変便利。氷川神社の門前町で環境もいいし、物件も堅牢なデザイナーズマンションで、ひと目で即決したわ!」とさすが!今朝子さんならではの先見の明があるというか、非の打ちどころのない「引っ越しの理由」で脱帽。はたして瀟洒な白亜のマンションで素敵。羨ましい!(笑) また灯台下暗し、大宮にこんな大きな神社があったとは!参道といい、境内といい、裏の大規模な公園や池といい、まるで京都か奈良みたいでビックリした! 買い物も便利だし、美味しいお店も沢山あるので、大宮住いもいいかな?と少し心が動いた今宵でした。

2月3日21:59 成田屋の旦那ご逝去
茫然自失
理解不能
言語道断
諸行無常

返せ!戻せ!
     
「去らばやとひとつ睨んで春立ちぬ」 
合掌

1月29日 正午 帝国ホテル 桜の間 田仲基弘先生を偲ぶ会
田仲基弘先生は、銀座越後屋ビルの上で開業されていた名医であられたが、昨年12月に逝去された。
もう15年以上も前に私は左膝が悪く、痛みがあったので、それがたまたま紀伊国屋の旦那(田之助師)の耳に入り、丁度国立劇場に出演中で、終演後に田之助師は私を田仲先生のもとに連れて行ってくださった。
それが、田仲先生と知遇を得る端緒となった。先生は歌舞伎、能楽をはじめ、清元、河東節等々古典芸能全般に精通された文化人で、いわゆる粋で瀟洒な、ワイン好きな東京人だった。
診察の折は、必ず芝居の話しを楽しそうにされた。私の会にもわざわざ足を運んでくださった。
私が、中年のニキビ!?に悩まされて、皮膚科を 転々としていた時も、「ここで診てもらいなさい」と浅草橋の名医中村絹代先生をご紹介くださった。
すると2年間も苦しんだ吹き出物が、3週間弱で完治した!血が滲んで化粧もままならなかった私は心底、田仲先生と中村先生に感謝した!
一昨年の名古屋御園座の「助六」で、私は並び傾城を勤めていたが、お身体を悪くされていたにも拘らず田仲先生は2度も河東節にご出演の為、遠路をお越しになられた。それがお目に掛かった最後だった。
謹んで田仲先生のご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

1月28日
10:00青山墓地 師の一周忌墓前祭
11:30より東京会館にて、献花祭。
今村源宗導師による献詩が、昨年の本葬に引き続き師へのよき手向けとなり感涙。源宗導師のご了解を得て、ここにご披露させて頂きます。


1月27日 18:35 品川プリンスシネマ
「ジーザス・クライスト=スーパースター2012アリーナ・ツアー 映画版」
宮西芳緒氏に誘われて観る。昨年ここで観たファントムと同じスタッフが映像に収めている。映画ならではの醍醐味と、俳優陣の歌唱力! 堪能した!

2012年
12月22日 17:00 南阿佐ヶ谷 ギャラリー煌翔
谷川渥・萩原朔美二人展「書物のエロティシズム」 谷川邸から100冊の書物を運び、それを朔美先生がレイアウト。両先生の真骨頂。当夜は谷川先生の講演があり、ベリーダンスや打楽器の演奏もあり、盛り沢山!おふたりは芯からお若い!見習わなくては!

12月7日 20:00 多摩美術大学上野毛キャンパス講堂
映像演劇学科「身体表現八」成果発表会
今年は「頼朝の死」をテキストに選んだ。昨年の「修禅寺物語」よりも難しい。
昨年の学生達はいいから加減で呑気だったが、みな個性的で勢いがあって、面白い連中だった。
今年の学生はそれに比べて、慎重で真面目で不器用だが、そのよさもある。そこを生かして伸ばしてやりたい。短期間の稽古で四苦八苦していたが、みなよく演った!
テクニカル面で、今年もまた多摩美の研究室の皆さんの絶大なる協力を頂いた。心より感謝申し上げたい。
この講堂は、古い建物だが、音の通りが実にいい。こういう建築物は大切にしなければならない。

11月26日 19:00 豊島公会堂
流山児事務所「地球空洞説」
御年65歳の流山児さんは相変わらず元気だ!そのパワーに圧倒される。
ビールと熱燗で久々に話しが弾む。楽しかった!

11月26日 17:00 池袋西武別館2階
ちばてつや原画展
ジョーに逢いに行った。矢吹丈、あしたのジョーだ。
泣けて泣けて困った。

11月25日 19:00 田原町スタジオ
パントマイム集団「想起」ー田原町ライブー
想起は皆さん上手い。若手が着実に育って来ていて嬉しい!

11月25日 14:00 池袋あうるすぽっと
花組芝居25周年記念「菅原伝授手習鑑」全段通し

11月22日 19:00 紀尾井小ホール
富田清邦演奏会
米川文子師の箏、清邦師の三弦による「御山獅子」
呼吸の合ったおふたりの変幻自在の演奏は至芸のひと言に尽きる!堪能させて頂きました。

--- イスラエル公演の間の日記はこちらに移動しました!---
4月9日
11:00 国立大劇場 若柳秀次朗三年祭「吉蝶会」
父親のやうに親しく、公私共にお世話になった秀次朗師の三年祭に、ご長男の市川新十郎さんと共に「振袖山姥」を踊らせて頂いた。
「振袖山姥」は先代若柳吉三次師が伝承されていた貴重な演目で、師雀右衛門も三回ほど演じていて、師も大変好んでいた舞踊。
秀次朗師も上演を望んでいたが果たせず、今回、夫人圓師が私に勧めて下さった。
有難かった!嬉しかった!夢中で踊った!
秀次朗師のご冥福を心からお祈り申し上げます。
3月27日
14:00 紀州道成寺境内野外舞台  奉納舞踊「豊後道成寺」
三年目となる「桜・舞・道成寺」という地元日高町のイベントで、素踊りで「豊後道成寺」を踊らせて頂いた。
震災直後でもあり、今年は震災復興チャリティー公演として開催実現。
招聘下さった日高町の皆様、道成寺院代小野俊成様に心から御礼申し上げます。
3月11日
14:46 東日本大震災発生。  1000年に一度の大地震!だと云う。
言葉が出ない。どう受け止めていいのか・・・・・茫然自失。
地震、津波、牙を剥いた自然に人間は為す術もない、この無力感・・・・。
しかし、原発事故は自然災害ではない!驕るな人間!
普通に暮らしている自分に罪悪感さえ感じる。驕る人間は自分自身でもある。
2月22日
8:51(日本時間)ニュージーランド クライストチャーチでM6.3の地震発生。
クライストチャーチは2004年8月の歌舞伎レクデモ公演で訪れた。
ニュージーランド南島中部に位置するこの都市はガーデンシティーと云われるほどの美しい街で、また訪れたいとずっと思っていた。
都市直下型の地震で震源も浅く、大聖堂をはじめ建物の被害甚大。日本人留学生の死者多数。ご冥福を心から祈る。
1月3日 天王寺屋旦那逝去
私は天王寺屋の旦那に「旦那の芸風は、青年が青春の真っ只中をいつも疾走しているようですね」と臆面もなく申し上げたことがある。すると天王寺屋の旦那は「そうかもね」とニコニコして頷かれた。

昭和39年1月日生劇場での「勧進帳」。天王寺屋の弁慶は滝流しでの段で、花道揚幕までクルクル回りながら、まさに疾走した!9歳の私は、このまま弁慶は引っ込んでしまうのか!?と本気で驚いた!
昭和42年3月歌舞伎座夜の部 「忠臣蔵」11段目討ち入り奥庭泉水の場。 天王寺屋の小林平八郎、澤潟屋の竹森喜多八の一騎打ち!遂に浪士にとどめを刺された天王寺屋の小林は、断末魔よろしく泉水の橋の上で海老反りになる。舞台はそのまま炭小屋に回って行く。その眼をカッと見開いて両手を合掌して海老反る様が今も鮮やかに眼に浮かぶ。
そしてそのあとの切り狂言がなんと天王寺屋と澤潟屋の「連獅子」!両雄の獅子が石橋に見立てた二畳台の上を縦横に跳躍し、紅白の獅子の毛が名刀よろしく空間を切り裂く。後にも先にもこんなすごい連獅子を観たことない!
某年某月某日 NHK芸能百選 「二人椀久」 「団子売」。うちの旦那と天王寺屋の旦那の舞踊二題。年月日は失念した。椀久と松山が松林の中を疾走するスタジオをめいっぱい使ったテレビならではの「二人椀久」。 テレビに噛り付いて夢中で観た!再放送まで観た!月日は経って、役者になってからNHKの方に聞いたらその画像は消失したとのこと!嗚呼!なんたること!無念やるかたない。
昭和53年6月 第1回「矢車会」昼の部「二人椀久」。ふたりの恋の狂騒が頂点に達し松山がセリに消えた瞬間、客席は興奮のるつぼと化した!その一瞬を私は絶対に忘れない!

思い出は尽きない!旧演舞場での「娘道成寺」、「勧進帳」。平成9年12月のフランス公演での「吃又」、「二人椀久」・・・・・・・・・・・・・。しかし天王寺屋の旦那は、疾走したまま花道の彼方に忽然と消えて行ってしまった!
100歳まで生きると云っていたのに・・・・・・・・・。合掌
2011年
9月21日
午後 台風15号首都圏直撃
3月11日の震災同様、また帰宅難民となる。今度は風雨烈しいので徒歩帰宅もままならず、演舞場を17:30に出て、東銀座の地下道を通って銀座に出て、4丁目地下の「ライオン」でビールとワインを飲みながら2時間半ほど時間をつぶすうち、銀座線が「表参道」まで動き出したので、それに乗って「表参道」ですし詰めの「半蔵門線」に乗り換えて渋谷に出たところ、雨は上っていたが、東横線はまだ不通なので、喫茶店と書店をはしごして、1時間後ようやく東横線が動き出したので、やっとの思いでうちに辿り着いたら23:00を回っていた!天変地異には為す術もない人間の無力さを再度実感・・・・・・・
8月26日 
19:00 渋谷セルリアンタワー能楽堂 開場10周年記念
「月下氷身〜世阿弥「融」のバリエーション」
1、袴能「融」曲水の舞  シテ 塩津哲生 ・ ワキ 宝生閑
2、地歌「融」による新作ダンス「水銀の月」 立方 勅使河原三郎 ・演奏 富田清邦
塩津哲生師と宝生閑師の削ぎ落とされて透徹した世界!堪能した。
8月20日
師雀右衛門 満91歳の誕生日!
8月19日 正午 国立大劇場 第9回「亀治郎の会」初日
「博奕十王」は40年ほど前!?歌舞伎座の「春秋会」で観て以来だから懐かしかった。その時は、「傾城反魂香」の又平を中心にした半通しとの2演目で、澤潟屋丈が元信と又平の二役、天王寺屋丈の女房お徳だった!学生の私は3階席から夢中で観ていた!嗚呼!往時茫々・・・
8月5日 19:00 多摩美術大学上野毛キャンパス講堂
2011年度 映像演劇学科「身体表現VI」成果発表会 「修禅寺物語」
萩原朔美学科長からのご依頼で、非常勤講師として今年度前期の歌舞伎の授業を仰せつかる。歌舞伎のかの字も知らない学生達に僅か40時間ほどの歌舞伎の授業をして、なにかを発表せよと云ふ!困惑する私に、萩原学科長は「いや、こんな世界もあるんだと学生が解ればいいんですよ」と私を説得された。そんなの無茶だ!と顔で反応した私に学科長は呑気に笑っている。

困り果てた私はあることを思い出した。郡司正勝先生の最後の作品「歩く」をお手伝いした時のこと。俳優は皆新劇系小劇場系の若手で勿論歌舞伎は観たこともない連中ばかり。私はだんまりの振付を担当したが、その稽古の折郡司先生が俳優達に「歌舞伎の真似をしたってはじまりません、出来っこありません。歌舞伎から気、パワーを貰いなさい!」とおっしゃった。隣りで聞いていた私はそういうやうに指導せよ!と私に云われた気がして緊張した。

そうだ!だからこの多摩美の授業もそれでいいのだ!出来るわけないんだ!とひとり納得して、とにかく歌舞伎とは?の坐学もそこそこに身体の使い方の訓練を始めたが、まあ今時の学生達の体力のなさには呆れるほど!助手の松山君と相談して、早く演目を決めてその稽古に入ったほうがいいということになり、学生達は、やれ見得が切りたいだの、かっこいい仕草がしたいだの呑気なことを云っているが、時間がないし彼らの将来に役に立つものがいいと考え、新歌舞伎の「修禅寺物語」を選んだ。これにはもう一つ思惑があって、むかし、先師武智鉄二先生の鞄持ちでオペラの稽古に立ち会った時、演目が「修禅寺物語」で、先生の演出がその幕切れで、なるほどと納得させる素晴らしさだったので、私が演出する以上、先師のひそみにならって及ばずながらそれを再現したかったのである。また多摩美との折角の出会いだから、音楽や効果音、映像や照明などテクニカル的にもすこし遊ばせてもらった。しかし予算がまったくないから、全員浴衣姿、大道具も平台と箱足のみ、小道具も若干手作りと扇のみの素舞台!?しかしその簡素な舞台もなかなか捨てがたいものがある。負け惜しみではない!

さて、肝腎の学生達はといふと、台詞はなかなか覚えないし、それって日本語!?とびっくりするほど古い言葉を知らない。歩けない、お辞儀が出来ない、物が持てない、着物が捌けない!皆一様に眼を白黒させている。ザマァ見ろだ!こっちが一生掛かって修業することをたった40時間で習得されてたまるものか!しかし、やるとなったらとことんやらねば気の済まない私は、郡司流のきれいに纏まらない初々しいパワフルな舞台を心掛けつつ、武智流のとことん台本を読み抜く理詰めの作業をシツコク学生達に要求した。当然授業時間内だけではおっ付かないので、本番直前に3日ばかり個別の補習をしたが、直前の1対1の稽古はそれなりの効果を上げて、学生達の眼の色が変わった。

当日の舞台成果は、私は当事者なので客観視出来ないが、萩原学科長が「こんなに本格的な舞台だとは思わなかった!びっくりした!」とコメントされたので肩の荷が下りた思いだった。終演後の打ち上げで、「気持ちよかったです!」と嬉しがる学生達に、開いた口が塞がらない私だが、終わってみれば可愛い憎めない学生達で、萩原学科長の云うごとく「こんな世界を垣間見て、こんな世界があるんだと学生達が解ればいいんですよ」とまさにその通りになった!その通りにはなったが、シツコイ私はこの舞台を見届けるだけではやはり消化不良この上ない。学生達よ!これで終わりだと思ふなよっ!

8月1日 読書三昧
今年に入ってから3月11日の震災前後までに購入した書籍が、積ん読?で未読だったので、この休みを幸いと一気に読了した。すなわち、

1、「吉原十二月」 松井今朝子著  幻冬舎刊
2、「尾上多賀之丞の日記」 大槻茂著 青草書房刊
3、「日本語教室」  井上ひさし著  新潮新書
4、「武智鉄二という藝術」  森彰英著  水曜社刊

再読した書
1、「和数考」  郡司正勝著  白水社刊
2、「三島由紀夫の美学講座」  谷川渥編  ちくま文庫
3、「劇的な人生こそ真実」  萩原朔美著  新潮社刊

どれもお薦めの好著!ご一読を。
7月30日
13:00 千駄ヶ谷国立能楽堂 馬場あき子作 「影媛」
日本書紀」の一挿話から想を得た新作能で、馬場氏はこれまでも「晶子みだれ髪」、「額田王」などの新作能を発表されてきたが私は初見である。死に赴く恋人鮪大丈夫を見送る影媛(塩津哲生師)の後ろ姿が哀れを誘い、ラスト、「はたてを見れば春霞」のヨワ吟の甲グリで、橋掛かり一の松から、袖を翻して正先をぐっと見込んだ影媛が美しく、古代の美姫がそこに居た!
7月11日
21:10 日劇TOHOシネマズ「ブラックスワン」
自虐的双面サイコスリラー!? ラスト、絶命寸前の主人公のひと言「完璧だわ」がよく効いている。
7月9日
16:00 江古田日大藝術学部ホール 日舞コースの実習成果発表会
宮西芳緒氏に誘われて拝見に伺う。私は高校が豊島高校だったので、3年間 江古田の駅から日大藝術学部の前を通って通学していた。江古田の駅に降り立ったのはそれ以来だから、あまりの様変わりに呆然・・・・。今は日藝の教授になられた藤崎周平氏(私にとっては周平ちゃんだ)と30年振りに邂逅!三人で遅くまで飲みあかした!
6月30日
12:30 丸の内東映「デンデラ」
姥捨て山伝説の後日談。その目の付けどころが面白い。浅丘ルリ子丈、草笛光子丈など錚々たる女優軍が美を捨てて?の大奮闘!原作は未読だが、ラストが熊との対決に終始するのは物足りない。
6月23日
18:30 麹町セルバンテス文化センター「歌舞伎の粋」(松竹 製作)
ノーベル文学賞受賞者のマリオ・バルガス=リョサ氏を迎えての歌舞伎講座。<br />私がまず女方の化粧、着付など藤娘の扮装を実演したあと、「藤音頭」(テープ演奏)を踊り、そのあと、中村壱太郎丈と松竹の岡崎哲也氏の対談。終演後に、その建物の最上階にある「メゾン・セルバンテス」というスペイン料理店で打ち上げ。本場のスペイン料理で抜群の美味しさ!お薦めのお店。
6月8日
22:00 NHKBSシネマ「グリーンマイル」(1999年 フランク・ダラボン監督・脚本)初見。
刑務所を舞台に人間の尊厳を問う奇跡の物語。主演のトム・ハンクスはじめ俳優陣が素晴らしい。米国流の死刑執行を目の当たりにしてビックリした!
6月7日
22:00 NHKBSシネマ「エディット・ビアフ 愛の讃歌」(2007年 オリビエ・ダアン監督)初見。ピアフの壮絶な生涯。多少駆け足なのが残念だが、主演のマリオン・コティヤールがピアフそっくりで力演!ラストはやはり「水に流して」ではなく「愛の讃歌」で締め括ってほしい。
6月6日
22:00 NHKBSシネマ「レインマン」(1988年 バリー・レビンソン監督)初見。
ダスティン・ホフマンとトム・クルーズの兄弟愛が泣かせる。この作品も介護問題を内包していて切なく重い。
5月29日
22:00 NHKBSシネマ 「恍惚の人」(昭和48年 豊田四郎監督)初見。
今から38年も前の作品だが、原作者の有吉佐和子は「三婆」もそうだが、着眼点が凄い。現時点でも切実に身につまされる作品。
5月4日19:00自宅
演舞場を終えて、19:00近くに帰宅すると、ドアの前に菖蒲の花包みが…!
明日の端午の節句を前に、花太郎二代目当主大槻さんのお心入れとすぐ知れた!(写真)
花弁の鮮やかで凛とした白と紫のコントラスト! 刺し貫くやうな緑葉の直線美!男の節句に相応しい季節の花!
5月1日 11:00 演舞場初日
籠釣瓶の復活場面、二幕目佐野内の雇い婆お百を仰せ付かる。松竹からは、筆幸の長屋の婆さんみたいな感じでとの注文で、届いた補綴本と原作を照合するとやはりその通りの婆なので、衣裳もあたまもそんな感じで発注していたが、稽古場で播磨屋の旦那から「婆ではつまらないから若くやれ」とダメだしがあったので、はてどうしたものかと思案し、おばさんだとあとの浪宅の雇い女とつくので、いっそ子守上がりの小おんなでいくこととし、あたまは銀杏返しで朱のザンザラを掛け、衣裳は格子木綿に半幅帯を吉弥結びにし、襦袢と蹴出しは赤、襷も赤の両襷、縞柄の前掛け、刺し子のつぎはぎの黒足袋、ズーズー弁で頬っぺたの赤い、山出しの超三枚目に拵えてみた。
補綴本の、奥の間での村自慢の台詞は原作通りだが、せっかく竹本も入るのだから、剣豪尽くしでも新たに入れて、「そのお歴々にも勝とも劣らぬ都築先生」ともっていこうと私案し、播磨屋の旦那に相談しやうとしたが、あんまり長くなっても難だし、今回はこれくらいで大人しくしておこうと思い留まった次第。剣豪尽くしはまた次回のお楽しみ!?
こういうお役はふっ切って照れずにやらねばならないことは重々承知之助だが、初日の客席がウンでもなければスンでもないのは私の力不足とは云い条、ホトホト参った(涙)
4月25日 午後 長野県野沢温泉村
此処は、長野新幹線長野駅から車で1時間ほどの山間の鄙びた温泉郷。
当地は歌舞伎や邦楽研究家の高野辰之由縁の地でもあり、彼の業績を記念した「おぼろ月夜の館ー斑山文庫ー」がある。その記念館の招聘で8年振りに歌舞伎講座が実現した!
おまけに私の写真展まで開催してくださったので恐縮の至りである。
小島様はじめ関係者の皆様に心より御礼申し上げたい。山櫻が美しい温泉地だが、終演後に二度、ドーンと地震がありビックリした!東日本震災の直後に長野県北部でも大きな地震があったが、その余震は此処でもまだ継続していると実感。

3月31日16:00 目黒呑川緑道
今年も枝垂れ桜が咲いた、木蓮も咲いた(写真)
被災地でも梅が芽吹いた。どんなに辛くても春は確実にやって来る!
悲しい春は嫌だ!
前向きな春としたい!



3月27日14:00 紀州日高道成寺境内野外舞台
「桜・舞・道成寺」公演
この催しは地元日高川町興しとして開催されるもので、今年で三年目を迎える。
昨年もご依頼があったが日程上叶わず、本年ようやく実現した。
しかし、この震災で開催が危ぶまれたが、震災復興チャリティ公演として二日間の日程を一日に絞って開催の運びとなった。
はじめに女流長唄の皆様による「娘道成寺」の演奏。次に私の清元「豊後道成寺」(素踊り・テープ演奏)、切に道成寺院代の小野俊成師と私の対談。
今年は桜の開花が遅いそうだが、境内の枝垂れ桜は丁度見頃(写真)
風が強くて、舞台に置いた扇が飛んで行きそうでヒヤヒヤしたが、まず無事に勤め了せた。
肌寒い中で、私の拙い舞台を最後までご覧くださった客席の皆様に心から御礼を申し上げたい。
そして、地域振興、日本文化普及の為に尽力される道成寺様や日高川町役場の皆様の誠意と熱意が、日本を元気付ける原動力となって、義援金と共に被災地に届くことを切に願う。
微力ながら私もお役に立てたことが嬉しかった!

3月11日14:46 東日本大震災発生
私は演舞場昼の部「先代萩」の腰元を終え、別件の打ち合わせの為、表の地下の会議室に居た。
打ち合わせが始まって間もなく、隣席の女性が「地震?」と呟いた。ふと部屋の隅の観葉植物に目をやるとかすかに揺れている。
次の瞬間、地鳴りとともに部屋がミシミシと揺れ出した!かなり大きい。慌ててテーブルの下に潜り込んだ。しばらくして揺れが収まると「この建物は安全です」と云う館内放送が流れた。打ち合わせをそこそこに切り上げ、私は楽屋に戻った。丁度「御所五郎蔵」の幕が開いたところだったがすぐ幕を閉め、観客を避難誘導したそうだ。三階の楽屋の窓から見下ろすと道端や劇場脇の公園は人で溢れ返っている。その日は即刻公演中止。しかし、交通網は全てストップしているから徒歩で帰宅するしか術はない。
途中、溜池山王辺りで渋谷行きのバスが来たので、すし詰めで乗り込んだが、これが大渋滞でちっとも動かない。しかたないので降りてまた歩き出した。帰宅難民とは正にその通りで、駒沢通りをひとつ方向に向かって多くの人々が黙々と歩いている。その人混みを自転車が疾走していくので危なくてしかたない!
今日は細めの靴を履いて来たので、むくんだ足が痛い。
それでも3時間程で帰宅出来た。あとで聞くと4時間も5時間も掛けて帰宅した仲間や演舞場に泊まり込んだ先輩や後輩もいたとのこと。
自宅にたどり着いてテレビを点け、その被害の惨状を目の当たりにして息を呑んだ!声も出ない…。
阪神淡路大震災、米国同時多発テロ、東日本大震災、インドネシアやニュージーランドの地震などなど……。「悲しいことの数々が続けば続くものぞいなう」
私は千本桜二段目の典侍の局の慟哭を我知らず呟いていた…。

2010年
12月30日 午前中  田端 大久寺
歳の終わりの父と祖母の墓参り。と云うより自分自身の懺悔と罪滅ぼし。少しも罪が癒えぬまま今年も暮れる。嗚呼!

11月28日 16:00 祇園甲部歌舞練場 「三人の会」
祇園の竹蝶さん、宮川町の冨美蝶さん、先斗町の来葉さんと云う錚々たる姐さん三人の会。ゲストに井上八千代師と成田屋の旦那。司会進行は山川静夫氏。舞台も豪華なら客席もすごいのなんの!南座の稽古が14:30に自分の出番が済んだので、余裕で間に合った!来葉姐さんの浮かれ坊主!がまさに芸に遊ぶ悠々たる境地。眼福のひと刻。

11月15日 20:00 渋谷シネビューラ 「日本橋」
市川昆監督作品の連続上演の一環。市川昆監督独特のセットの人工美がよく鏡花の世界を描き出す。淡島千景、山本富士子、若尾文子、柳永二郎ら俳優陣も素晴らしい!上田茂太郎氏の衣裳考証が流石!

11月6日 17:30 新宿 桃
サンフランシスコの土居由利子氏来日。1年振りの再会。由利子女史の思いのたけを存分に伺う。ここ桃の、鶏のせせりの卵とじが抜群の美味しさ!

9月24日 19:30 祇園川上
五條家元ご夫妻上洛。川上で晩夏の京の味を満喫する。

9月17日 午前中〜 妙心寺→竜安寺→仁和寺
今日は全て初めて訪れるお寺ばかり。まず、妙心寺で法堂の雲竜図を拝観。竜安寺のお庭も素晴らしいが、シーズンでもないのに人出が多く、しんと静かな・・・というわけにはいかない。仁和寺は、低木の御室櫻の名所で花見時に是非来てみたい!明治期に再建されたとは云え、御室御所の渡殿は1度殿上人になったつもりで歩いてみる価値あり。

9月10日 午前中〜 京都小町寺→妙満寺→円通寺
今月の南座は変則公演で、週に二日休みがあるので、これ幸いと京都探訪に出掛ける。
今日はまず、鞍馬街道沿いの小町寺から岩倉の妙満寺。小町のあなめ塚と道成寺2代目の釣鐘をお参りしたあと、そこから歩いて円通寺。ここは初めて訪れる。
しんと静かな夏の庭は三島由紀夫の「豊饒の海」第4部「天人五衰」のラストシーンを連想させる。素晴らしいお庭。

9月17日 17:00  日比谷シャンテ 「瞳の奥の秘密」
人妻の殺人事件を廻るミステリーと、その真相を追う下級検事のラブストーリーが交錯する。よく出来たストーリー展開で飽きさせない。アルゼンチンの俳優陣も皆個性豊かで上手い。

7月20日 16:20  テアトルシネマ 「ぼくのエリ・200歳の少女」
スウェーデンの白銀世界に鮮血が舞う異色のバンパイア映画。吸血鬼の少女に恋したいじめられっこの少年の成長物語と思いきや、とんでもない結末が・・・(唖然) その救いやうのない少年の心根が悲しく、しかし極めて現代的だ。

7月5日 21:30  信州松本 七輪屋
コクーン歌舞伎「佐倉義民伝」の引っ越し公演が松本市民会館であり、その4日目、ホテルと会館の往き帰りの路肩に、七輪屋という居酒屋があって、気になっていたので終演後に立ち寄る。豚や蛸などの炙りものの美味しいこと!以前沖縄公演で嵌った泡盛の白百合も置いてあり、従業員の和平君とも意気投合!松本でも馴染みの店が出来、嬉しい限り!

--- メキシコ・中米歌舞伎舞踊公演の間の日記はこちらに移動しました!---
6月3日  18:00 渋谷東急文化村シアターコクーン「佐倉義民傳」初日
私はコクーン歌舞伎は初参加である。コクーンは楽屋は狭いが、長年様々な演劇人がここで芝居をしてきた息遣いと風格というものが感じられ、たしかにここにはここの演劇の神様が居るのを実感する。アンサンブルの男優の中に、私の住居の2軒隣りに住み、地元のショットバーでの飲み仲間である神田敦士が居て、稽古場で出っくわしてビックリ!敦士は、小劇場系の俳優の卵だから、お互い舞台の接点がなかったのである。
5月23日  22:00  名古屋鈴蘭南座
御園座花形歌舞伎公演の打ち上げを兼ねた大タンカラスーパーショー!澤潟屋顔負けの亀治郎さんの企画力と演出力に脱帽!負けず嫌いの私も、舞踊劇「シェルブールの雨傘」!?と翫雀丈との「深川マンボ」で必死に応戦!しかし、なんといっても竹三郎丈の肌も露わな「女遊侠傳」が天然記念物的!文化財的!貴重品で絶品!皆様にお見せしたかったなあ〜(溜息)
4月30日  正午・16:00  歌舞伎座閉場式
これで本当に現・歌舞伎座ともお別れだが、感傷的になってばかりもいられない。3年後の新生歌舞伎座開場に向けて、我々歌舞伎座改築プロジェクト委員は、責任をもって議論を重ね、観客・俳優・スタッフ全ての為のよりよい歌舞伎座を目差さねばならない!そしてなにより、歌舞伎の神様が居心地のいい歌舞伎座を!
4月15日  郡司正勝先生忌日
あっという間に十三回忌を迎えた。武智先生と同じく、限りなくご恩を蒙った先師である。生まれてこのかた飛行機にも乗ったことのない私が、初めて海外に出向いたのが、1994年10月、先生の「サロメ」を引っ提げての米国サンフランシスコ公演だった。初日のカーテンコールで、先生が客席に向って「歌舞伎にも門閥がなくてもこんなに頑張っている人がいますから、応援してください」と云って下さった。私は未だに先生の期待に応えられず、堂々巡りの年月を送っていることが歯痒く、時間は無駄にどんどん過ぎて往き、恥じ入るばかりである。嗚呼!
4月9日  午前中 目黒呑川緑道
うちから歩いて数分のここの櫻並木を歩くのが、毎春の楽しみ。今年もよく咲いた。私は紅色の枝垂れ櫻がことのほか好きだ。
3月29日  18:00  代々幡斎場 中村千弥さんお通夜
またひとり、歌舞伎の貴重な方が亡くなられた。千弥さんとご一緒したのは、一昨年のお正月、浅草歌舞伎が最後だった。神谷バーでの打ち上げの折、私が勤めていた「源氏店」のおよしを大層褒めてくださった。「あなた、益々頑張りなさいね」とおっしゃって下さった声がいまだに耳に残る。合掌。
3月21日 17:00 青山銕仙会「川口秀子追善 舞の会」
昨年亡くなられた川口秀子師の追善と三代目川口流家元を継承する孫娘の千枝さんのお披露目の会。また今年は、武智鐡二先生の二十三回忌でもある。私がいま、曲りなりにも歌舞伎の俳優を続けていられるのも、武智・川口両師のご教導の御蔭である。私は舞台に立つ時、いつも両師の眼差しを感じて恐れ、両師の叱咤する声に耳を澄ます。
1月28日  19:00  有楽町有楽座 「Dr パルナサスの鏡」
あの「未来世紀ブラジル」のテリー・ギリアムの監督作品。人工美に彩られた画像は監督の独壇場だが、主演のヒース・レジャーは撮影半ばで急逝した(享年28歳)。しかし、現実場面は撮り終えていたので、幻想場面は、ヒースの親友ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの3人が代演して撮影続行。ラストは物足りないが、早世したヒースの永遠の若さと孤影がこの作品に奥行きと深みを与えたことは間違いない。
1月28日  13:00 埼玉県立近代美術館「小村雪岱展」
装幀、挿絵、舞台美術と幅広く活躍した雪岱だが、私の興味は、やはり芝居の道具帳にある。「かさね」、「小袖物狂い」、「鳥羽絵」、「鞍馬獅子」、そして「藤娘」等々。六代目あっての雪岱、雪岱あっての六代目という感を深くした。
1月25日  21:30  銀座竹富島
昨年10月の台湾公演でお世話になった陳さんが来日。その時の出演者・スタッフ有志が集まり、沖縄料理店で歓迎会。
1月19日  16:30  歌舞伎座夜の部「春の寿」
病気療養中の師雀右衛門が1日だけ出演。師の健康を願うや切。
2009年
12月24日 18:30 日比谷日生劇場 東宝ミュージカル「シェルブールの雨傘」
大好きな映画の舞台化であり、魁春丈のお弟子の春花さんのお薦めもあったので、大いに期待して拝見に伺う。ギイ役の井上芳雄丈が期待に違わぬ歌唱力で抜群!かくして今年のクリスマスイブは、ミシェル・ルグランの名曲「シェルブールの雨傘」に 終始したのでした!耳から離れません(笑)
12月12日 19:00  銀座MAKOTOシアター
高瀬一樹氏 訳・演出によるファスビンダー作「ブレーメンの自由」
実話を基にした猟奇的なドイツの現代戯曲。それを高瀬氏が、彼独特の詩的で静謐で繊細な仕立てで纏める。土壇場での主役交代というアクシデントがあったので気の毒だったが、単調に終始したのがなんとしても惜しい。
11月14日 14:00 国立小劇場 「舞の会」
楳茂都梅咲師に久々にお目に掛かる。自分の出番と重なって舞台は拝見出来なかったが、出の前に、わざわざ私の楽屋を尋ねて来られ恐縮。そのまあ綺麗でお元気なこと! 大いに安心した。
11月8日 19:00 京都祇園 川上
翌日の国立の開演が16:30なのを幸いに、新幹線に飛び乗って、新生川上に掛け付ける!店内を改装、模様替えして心機一転!加藤さん以下、若い衆が結束して店を切り盛りしていることが手に取るやうにわかり清々しい。いい器はまあ追々揃えませう(笑)
11月7日 19:00  両国シアターχ
丸山里奈氏 訳・演出によるイヨネスコ作「授業」と「椅子」の二本立て。常磐津をト書き浄瑠璃や人物の内面の声として使うという試みにビックリする。もう少し整理したら、不条理なるものを表出する一助となるのではないか?
10月27日 19:00 六本木俳優座劇場
花組芝居のアガサ・クリスティ作「ナイル河殺人事件」
和洋東西折衷の衣裳・鬘・小道具等の傾奇趣味が抜群!
9月17日 9:45 港区赤坂 米国大使館
来月の米国公演のビザ取得の申告と面接の為、久々に米国大使館に赴いたら、辻々に警察官が居て、行き先を訊ねられたりして警戒の厳重なこと!しかし時期的なせいか、申告する人は少なくてスムーズに進行。面接時に「何をしに行くのか?」と訊ねられたので、「歌舞伎のパフォーマンスだ」と答えたら、満面の笑みで「オー、カブキか!楽しんで来てね!」と励まされたので、嬉しいやら拍子抜けしてしまった(笑)
8月28日  11:00  紀州日高町 道成寺
「舞踊の夕べ」の御礼のご挨拶。院代ご夫妻に再会を約してお別れし、新大阪に出て新幹線に飛び乗り帰京。
8月27日 19:00 京都祇園 川上
昨日の「舞踊の夕べ」を無事終え、午前中に挨拶回りを済ませて、午後の新幹線に飛び乗り、松井新七親方最後の包丁を見届けに川上へ掛け付ける!最後と云っても8月一杯は板場に立たれ、9月からはチーフの加藤さんに代替わりして引退する由。新七氏はしかし晴れ晴れとしたご様子。別れ際に、蜻蛉の絵柄のお皿を1枚頂き、それを胸に抱いて川上を辞した。
7月28日  19:00  神田神保町 ランチョン
澤村大蔵さんお薦めのビヤホールで、念願叶って初見参(笑)レジに陣取るオーナー未亡人と思しき老夫人の陣頭指揮宜しく、ホール係りの人々の手際のよさと感じのよさ!料理のボリュームと美味しさ!勿論、ビールの美味さ!ワイン類も充実していて、心温まる人情ビヤホール!
6月22日 21:00 BS2 「プロデュ―サーズ」
ブロードウェーで大評判を取ったストレートプレイのミュージカル映画化。映画化は2度目だが、ミュージカルに仕立てたことが味噌で、風刺が効いていて、演者の上手さと相俟って抜群の面白さ!映画館でも2度観たが、何度観ても飽きない。傑作!
5月29日 18:30 信濃町某店 「植本努さんを偲ぶ会」
私が勘定奉行のCMでお世話になった名プロデューサー。お人柄を偲んで多士済々が集結。もっともっと活躍して頂きたかったのに・・・・・、合掌。
5月11日 20:00 月島 浅尾
いつもお世話になっている方にご案内頂いた鮨の名店。ひかりものと貝類を堪能!
4月27日 夜半 中野斎場 市川升寿さんお通夜
成田屋三代に献身的に仕えた我々女形の先輩。巡業などで一座すると、よくお酒をご一緒していろいろなお話しを聞かせて下さった。お酒の武勇伝も数々。升寿さんの心残りを思うと無念この上ない! 合掌
4月22日 20:00 四谷 菊万
立ち退きの為、和食の名店がまたひとつ消える。おかみの包丁はまだまだ健在だし、残念のひと言に尽きる。お造りも鮮度ばかりでなく、きちんと仕事がしてあって、お椀、焼き物、焚き物、全て江戸前の仕事振りだった!
4月18日 午後 早稲田大学演劇博物館 「六世中村歌右衛門展」
昭和51年5月歌舞伎座上演の「金幣猿島都」の記録映像を上映しているというので掛け付ける。2時間半、ひとりで観入る。大詰めは2回観た。懐かしくて、興奮して涙が出た!巡回の職員が不審な面持ちで何度も来た。
4月6日 午後 呑川緑道  恒例の櫻並木散策。
毎年、ここの紅色の枝垂れ櫻を楽しみに歩く。夕風に染井吉野の花吹雪が舞う。
3月31日 16:30 代々木特設会場 「コルテオ」
シルクドソレイユの現代サーカス。男が寝入って、自分の葬列を夢で見るという内容。耽美的で哲学的で絵画的なサーカス。痺れた!
2月21日 14:00 横浜能楽堂 「武家の狂言 町衆の狂言」
山本東次郎師と茂山千之丞師の「宗論」絶品!至芸とひと括りで云うのも恐れ多い、味わいの豊かさ!深さ!
2月13日 19:00 新国立小劇場 「森山開次作品集」
コンテンポラリーダンスの逸材!能の世界観をベースにした暗い情念が魅せる。
--- 歌舞伎レクチャーデモンストレーション公演(台湾・米国)の間の日記はこちらに移動しました!---
2008年
11月24日、25日 夕刻
本巡業最終地は、熊本県山鹿市の八千代座。ここも私ははじめて訪れた。灯篭祭りや温泉地として有名なここ山鹿の街道脇の小高い丘に立つ八千代座は色鮮やかな広告画の格天井にシンプルなシャンデリアが下がる和洋折衷の建築で(写真)、地元の人々の熱意により、幾多の災害や危機を乗り越えて昭和63年に復興された。楽屋も整備されていて、受け入れ態勢万全。地元の方々の厚き声援に支えれれて2日間の公演も無事終了。今回の巡業は、三津五郎丈のご提案により、各地の芝居小屋やそれに準ずるホールを数多訪れることが出来たことが大変な収穫であった。しかし、私の勤めた菊茶屋女房は、これからも何度もさせて頂かないと、こういうお役は身に付かない。反省しきり。
11月22日 夕刻
今日は飯塚市の嘉穂劇場。私ははじめてで前から楽しみにしていた。はたして800席近い現役の芝居小屋は、水害の被害も乗り越えて健在!正面には朱塗りの太鼓櫓や欄干が掛かり、場内東西の桟敷席の襖障子や擬宝珠勾欄、すずらん灯など風情満点(写真)。大正時代、炭鉱の町の川筋に誕生した劇場は今も多くの人々に愛され続けている。
楽屋口やそこかしこに「十二月二五日」と墨黒々と書かれた札が逆さまに貼られているので、?と思って訊ねると、12月25日は石川五右衛門が釜茹での処刑にあった日で、それを書いて逆さまに貼ると泥棒除けになるそうである?! ロビーの売店で五右衛門の可愛いイラスト入りでそのお札が売られていたので、早速購入して、帰ってからうちのドアの前に貼り付けた。ところが、四谷の菊万のおかみにも一枚差し上げたが、店には貼らずに自宅に持って帰って貼ったところ、翌日の昼間、店に空き巣が入るというオチまで付いてしまった!霊験あらたか!唖然。
11月21日 14:00
今日は博多への移動日。強行軍も昨日で一段落、やれやれ。博多には正午過ぎには着いて、すぐにスポーツマッサージに掛かり、首肩腰のメンテナンスをして元気モリモリ! 夕刻から、まず遊膳→The Faces→bar Rail→陽一の店→ごっそう道楽→けんじ屋と経巡って旧交を温め、すっかりいい心持ちになって就寝。
11月20日 20:30
今日の公演地は近松門左衛門所縁の地、山口県長門のルネッサながと。この劇場は花道完備の812席という手頃で、場内も芝居小屋を模した近代的なホールで、歌舞伎にはもってこいである。こういう劇場が東京にも欲しい!ここの文化財団は独自の近松劇を創るなどソフト面でも頑張っており、困難なことも多いと思うが、何とか継続していってほしい。今夜は劇場から10分ほどの湯元温泉旅館に宿泊。
11月19日 午後
今日も強行軍!出雲市民会館で14:00と18:00の2回公演の後、バスで4時間掛けて広島に移動。生憎の雪模様となり、山越えは危険!?となり、遠回りすることとなった(嗚呼!) 無事に広島に到着し、疲れ切って早目に就寝。
11月18日 午後
今日の行程は大変である!早朝、まずバスで岡山から上郡へ向い、1時間の待ち時間の後、因美線スーパーはくとで鳥取へ行き、文化会館で14:00から1回公演をこなして、終演後またバスで2時間掛けて出雲へ向う。まさに山陽山陰日本列島を縦断横断の強行軍!夜半、出雲に着いて大蔵さんと差しつ差されつ芝居談義に花が咲く。
11月16日 午後
岡山経由で四国徳島へ移動。途中、バスのアクシデントがあったが、全員無事に到着。駅前もどんどん様変わりしているが、会館への近道の古い商店街は健在で懐かしい。夜半、大蔵さん、橘太郎さん、三津右衛門さん、三津之助さんと5人で、南沖州の海女料理「ししくい」へ。私は初めてだが、ほかの皆さんは徳島へ来ると必ず訪れるという。果たして噂通り、目の前の鉄板の上で、あわびや、団扇海老や、さざえや、蛤や、桧扇貝やらが踊るわ!踊るわ!その他にもあわびのお刺身やら、車海老のおどりやら、伊勢海老の味噌汁などなど、これだけ魚介類のてんこ盛りでこの価格!大満足のいち夜でした!
11月14日 夕刻
岸和田での公演を終え、今度は名古屋に移動。こう行ったり来たりがややこしいと、変に疲れる。到着後、うちの後輩連中を連れて、名古屋に来ると必ず行く中華料理の「大三元テン」に直行。
11月13日 夕刻
今日は終日お休み。2年ぶりの大阪でなんだか嬉しい。夕刻、常磐津の一寿郎お師匠さんをお誘いして、道頓堀の「赤井」へ。お父ちゃんの元気な顔を見て一安心。息子の亮ちゃんは生憎今日はお休みだった。明石直送の蛸はやはり美味い。東京にはほとんど明石の蛸は来ないから口惜しい!
11月12日 夕刻
岐阜羽島での公演を終え大阪に移動。途中、京都で下車して、祇園川上の加藤さんと落ち合い、いつもお世話になっている宇野和子さんのお誕生会に飛び入り参加。川上の若い衆も全員揃い、イタリアンの「藤井」さんで祝杯を上げ、その後、生バンドのクラブハウスに移動して、飲めや踊れの大騒ぎ!。私も名残を惜しみつつ、ひとり大阪へ(涙)。
11月10日 14:00 目黒パーシモンホール
ここは都立大学跡地に出来た目黒区立のホールで、私のうちから15分弱で歩いて行ける。私も実は今回初めてだったが、立地条件もよく、前庭を広くとったガラス張りの素敵な空間。しかし、多目的ホールだから、歌舞伎にはやや不向き。どちらかというとオペラハウスのようだ。
夕刻、松涛の藤間宗家に伺い、勘十郎師に面会。来年の舞踊の夕べの相談とお願い。夜半、花ノ本 海さんと、渋谷で豚尽くしの会食。
11月9日 20:30
所沢公演の帰途、友人のT氏と落ち合い、T氏がお薦めの北京ダックの「全聚徳」へお連れ下さる。北京ダックのフルコースで、これが大変な美味しさ!北京ダックの皮も肉も、様々に調理してもてなしてくれる。落ち着いた雰囲気といい、お薦めの名店。
11月6日 午後
東京へいち時帰宅。先月の舞踊の夕べとコンキチの疲れをまだ引き摺っているので、早速、掛かり付けのスポーツマッサージに駆け込む。
11月4日
今日は移動日で、秋田新幹線と羽越本線を乗り継いで盛岡から酒田へ向かう。車窓から眺める赤や黄色に色づいた山々が美しい。鳥海山も雪化粧を始めたようだ。しかし、地元新聞の専門家の証言によると、やはり温暖化の影響で、紅葉もまだらに染まっているそうだ。やんぬるかな(溜息)。
山形県酒田市は、往時は「西の堺、東の酒田」と云われたほどの湊町で、海運の要衝だった。文化遺跡も多く、また酒田出身の土門拳の記念館などもあり、見学したかったが、橘太郎さんと遅い昼食に出掛けたのが運の尽きで、芝居が休みなのをいいことに昼間っからふたりとも飲み出してしまい、土門拳どころではなくなってしまった!。
しかし、入った店が精肉店が経営する食堂で、お酒の持ち込みはOKだし、販売しているお肉やソーセージも如何様にも調理いたしますとのなんとも親切で、気のいい親父さん、お母さん、息子さんご夫婦なので、橘太郎さんも私も情にもろい(?)から、すっかりその気になってしまって、あれを焼けこれを焼け、あれが食べたいこれが食べたいと、果てはお土産まで作らせて、いい心持ちになってホテルに戻ったのでした!
11月3日 岩手県民会館
終演後、常磐津和英太夫師が同行されているので、久しぶりに一献交わすこととなり、和英さんが「南部どぶろく家」という面白い店を探してくれたので、そこへ赴いた。はたして民芸調の店内に入ると、強面のご主人が真ん中にどっかと鎮座ましまし、黒光りする木のカウンターには朱塗りの御膳がずらりと並び、その前の床机にお客が座るという仕組み。どぶろくははじめ躊躇したが、女将さん(?)が床に埋め込んだ瓶から杓で汲み上げて、片口に移してから塗りのお椀に注いだどぶろくを口にした時、その美味しいのなんの!何杯でも飲めてしまう!
ご主人曰く「その土地で採れたものを、その土地の料理法で食べていただく、これを土産土法と云う」のだそうだ。いろいろ食べ抜いたが、南部ひっつみ汁(野菜と海の幸の汁もの)が美味しくて、からだが温まった。おしながきに、どんこの一本揚げというのがあって、ふたりで「どんこって椎茸なのになぜ一本???」って質問したら、それは魚の名前でした!
11月2日 小坂町康楽館
ここは明治期に建てられた和洋折衷の芝居小屋。さすがに山間部だから、朝から大変な冷え込みよう。仕込みの作業中、花道にストーブが置いてあって、皆それぞれに暖を取っている姿が微笑ましい。客席と舞台が至近距離なので、「魚屋宗五郎」のような世話物にはピッタリで、観客の反応もとてもいい感じ。
ロビーの売店のお蕎麦が美味しくて幕内にも人気。あしたばの天麩羅が美味しかったので注文したが、夏場だけとのこと、残念!
元劇場付きの和田さんに久々に再会。小雨降る中、別れを惜しみつつバスで盛岡へ移動。
11月1日 秋田県大仙市大曲市民会館
福島を終えて、バスで秋田へ移動。ここの会館の大ホールは本花道が設置されていて本格的。
終演後、またバスで大館市に移動。2時間30分の長距離行程だから、車中で大蔵さんや橘太郎さん達と大宴会!?。
10月30日 神奈川県秦野市文化会館初日
秋季巡業は久しぶり。紅葉の景色が美しい季節だし、食べ物も美味しい時季だから、それぞれ訪れる土地は、どこも楽しみだ。
ここ秦野市は、富士山を遠景に望む自然豊かで風光明媚な土地柄。水のいいところだというが、街の真ん中を流れる川が水無川というのは面白い。たしかに水流はちょろちょろだが一年中こんな具合だという。川辺りの遊歩道がよく整備されていて気持ちがいい。桜並木が壮観で、桜時はさぞ美しいことでしょう!。
終演後小田急で新宿へ出て、中央線に乗り換えて東京へ行き、東北新幹線で福島に向かう。初日からこの強行軍!。夕飯は車中で済まそうと東京駅であれこれ物色。好きな日本橋弁当が見当たらず、東京弁当というのを購入したが、これもなかなかのオススメ。
5月30日 19:30 溜池山王「春秋」 五條珠實氏と会食
秋の私の会の打ち合わせを兼ねる。
3年前の欧州公演で「あなめ」を上演出来たことを、五條詠昇師は大変喜んで下さった。その折は東京でのお稽古しかご覧いただけなく、現地の本番に立ち合えなかったことを残念がられ、私達も申し訳ない思いだった。
今回やっと東京での再演が叶い、大袈裟だが凱旋公演の意味も含めて詠昇師にご覧頂き、また新たなご指導を頂くつもりだったが、年初の急逝は悔やんでも余りある。
詠昇師に捧げるつもりで、初心に返って頑張ろうと珠實氏と誓い合う。ここ「春秋」は眺めもよく、創作系?の和食もなかなか美味しい。
5月27日 19:00 新宿テアトルタイムズスクエア イギリス映画「つぐない」
イアン・マキュ―アンのベストセラー小説を、「プライドと偏見」のジョー・ライト監督が映画化。
物書きを目指す多感な少女が、姉の恋人への偏愛と嫉妬から思わずついた嘘がふたりの中を引き裂き、取り返しのつかない悲劇を生む。
姉に比べて決して美人ではない妹の屈折した心情と行動は、類型的な姉や恋人よりも面白い役どころで興味深い。後悔した妹が、せめて自分の書いた小説の中でふたりを幸せにしたいと綴るストーリが、実際のストーリーに絡められ、虚と実が様々に入り乱れて展開する構成が巧みで123分間を一気に見せる。また、戦時下のダンケルクの海浜の5分に渉る長回しも見事!
5月6日 16:25 日比谷シャンテ 米国映画「幻影師アイゼンハイム」
19世紀末のウイーン。貧しい家具職人の家の息子と貴族の家の少女の身分違いの恋。当然のごとく、ふたりの仲は引き裂かれ、失意の少年はウイーンを去る。十数年後、偉大なマジシャンになってウイーンに戻った少年は、今は皇太子のフィアンセになっている少女と再会する・・・・。
芝居巧者のエドワード・ノートンが主演だし、設定も面白そうなので期待したが、いかんせん、オチがなーんだっていう感じで期待はずれ。また、マジックの数々もCGを使った映像的処理だから、嘘めいて白々しい。ノートンも生気がない。当時にこんな凄いマジシャンがいて人気を博したら、為政者にとっては、人心を攪乱する危険人物として、魔女狩りにも等しい処分を下したであろう。その視点をもっと突っ込んで描いて貰いたかった。
同行した物書きの倫太郎氏と、終映後、赤坂と渋谷をはしごして憂さ晴らし。赤坂のフレンチビストロ「bilboquet」は五條珠實氏に紹介されたお店だが、自家製ロースハムもベーコンと温野菜の盛り合わせもキノコとチキンのパスタもたまねぎとベーコンのカリカリピザもムール貝の白ワイン煮も、何もかも塩加減抜群で実に美味しく、ワインも豊富で超お薦め!
5月2日 11:00 新橋演舞場初日
亀治郎さんが師雀右衛門指導のもとに挑む女形第2弾、「毛谷村」のお園を初役で勤められる。この後見も血の気が引くほどしんどくて、手順を飲み込むまでが一苦労。お園の亀治郎さんも後見の段之さんも「こんなに大変だったとは!」とお互い目を丸くしていた。
まず、衣裳を着る段階で、虚無僧のあいだは裾を端折っているので、その具合が難しい。形よく端折ろうとすると花道の出ですぐ落ちてしまうし、端折り過ぎると蹴出しが出過ぎて見苦しい。
木戸を入ったところで、下駄を脱がし編み笠と尺八を受け取り下箱を外す。またこの時、お園が懐剣を抜きやすいよう紐を御殿結びにする(この結び方は企業機密です!)。尺八は土間の上に置くことを忘れずに。お園が子供を抱える時、子供の下半身を支えるが、子役の頭に血が上らないように気をつける(補助の台を使わないのが本当)。お園が六助と知って、見惚れながら手甲の紐を口で解くところも、その結び加減が難しく、手甲も外しやすいように仕掛けがある。お園が後ずさりして、臼にポンと手を掛けるところも、本当は後見は手を出したくないところだが、お園の呼吸を見計らって、右手のいいところに臼を移動させる。袈裟は外したら裏返して白地を上にして縁側に置く(前掛けの見立て)。飾り縄と印籠を外し、足袋を脱がし、帯の紐と裾を上げている紐を抜く。これらの仕事はすべて、お園の台詞のあいだ「これでほんまに落ち着いた」までに済ます。
次に裾を下ろして、帯上げを解いて、お園と呼吸を合わせて帯を前から右周りで後ろへ廻す。この帯の仕掛けは、演者によって様々な工夫があるが、京屋型はいたってシンプル。お園が土間で姐さん被りをするところも、竃の中に工夫がある。空炊きになって、六助がばたばたしている僅かなあいだに、前掛けを取り、帯を刀の下げ緒紐を使って固定させ、懐剣を渡す。
ここまでが大変で、後は口説きの中で、袈裟を出したり引っ込めたり、懐剣を消したり、守り袋を渡したり、肌脱ぎさせたり、梅の枝を渡したりと大したことはない。とにかく、お園の後見は、前半の虚無僧から、女姿に変わるまでが大変で、私が恐怖後見のひとつと云った意味をご理解いただけたろうか?。
亀治郎さんは、雪姫に引き続き師雀右衛門をよく写され、上々吉!
3月2日 正午 国立大劇場初日
芝雀丈二度目の「葛の葉」。14年前の地方公演での初役の折、私も母柵を勤めさせて頂いた。お互い二度目とあって緊褌一番!。
それはともあれ、この葛の葉という芝居も仕掛けやら引き抜きやら手の掛かるもので、後見の仕事もてんやわんやである。私も師の葛の葉で3度ほど後見を勤めたが、初めての折は無我夢中だった。
まず、女房→姫→女房→姫の早替わりが大変で、衣裳・かつらを脱がせるグループ、着せるグループ、一緒に走る後見等々の連携プレーが大事。早替わりの秘密は明かせないが、どうしても知りたい方は、今公演の上演資料集の解説をご覧下さい。
童子を抱いての奥への引っ込みも、ジャリ糸での暖簾の開け方が難しく、「沈痛な葛の葉の気持ちになって開けなさい」と散々叱られた急所。
奥座敷では木戸口の開閉、二枚折(屏風)の回転、布団の移動などの仕掛けが、演者との呼吸、間、手加減が難関で、芝雀さんの若いお弟子に教え込むのが一苦労。
曲書きも筆の手入れが肝心。演者によっては、墨の粘度にも拘って膠を混ぜたりする。
童子を保名に託して、下手に引き枠で消えて、そこで衣裳を脱いで奈落に走り、引き抜きの衣裳を着せて、笠と杖を渡して、スッポンに乗せるまでも時間がないから大慌て。
引き抜きもひと息の間しかないから、2本の袖玉のみで、裾はマジック。幕外の引っ込みは先代以来の京屋の型だと師から伺った。
私が葛の葉に限らず、師の後見を曲がりなりにも勤められるのも、先輩の故京右衛門さんの教えと、そして何より克明な型附け、書付が現存するからで、京右衛門さんの書き残して下さったものは私の命綱であり宝物である!。
1月2日 11:00  浅草公会堂初日
浅草歌舞伎に初参加。亀治郎さんが師雀右衛門の指導のもと、「金閣寺」の雪姫を勤められるので、その後見を仰せつかった。
雪姫は縄後見、鼠の後見、散り花の後見等等まことに手が掛かるもので、私の三大恐怖後見のひとつ。あとの二つは「妹背山御殿」のお三輪、「毛谷村」のお園。
さて雪姫は、まず冒頭、上手亭屋体のモジ張り障子の上げ下げと、開け閉めが難しい。姫の気持ちになって早くもなく遅くもなく、それが芝居心。次に肝心の縄。これはウコン色の木綿を縒り合わせたものだが、毎日ふたり掛かりで引っ張って伸ばさないと、すぐ縒りが甘くなるので油断がならない。
姫を縛るのもコツがいる。以前は(鼠が喰い切る)仕掛けの栓とジャリ糸を仕込んでいたが、危険が多くて(何度も栓が外れたり、切れたりして大慌てでした!)、現在は普通に縛って、きっかけで後見が解いている。その場合、振り下げ帯をうまく捌いて左右の振り袖の下に入れ、万が一の場合を想定して、右手(利き手)が自由になるように縄を両の手に絡める。
爪先鼠の段になってからは、姫の動きの邪魔にならないよう、縄を伸ばしたり縮めたり、引っ張ったり緩めたりと、師匠からさんざん怒られた件り。差し金の鼠も姫の所作に合わせての動きが難しく、また散り花の緩急も、姫の身体や竹本の浄瑠璃に合わせて芝居心が肝要。
亀治郎さんは師雀右衛門敷き写しで、古典の継承のお手本。私もお世話の仕甲斐があった。
---歌舞伎レクチャーデモンストレーション公演(インドネシア・フィリピン)の間の日記はこちらに移動しました!---
2007年
11月24日 13:00 新大久保グローブ座 「欲望という名の電車」
篠井英介氏3度目のブランチ。北村有起哉氏が繊細で神経質な、だからそれ故に暴力的なスタンリーを見事に造形。小島聖氏のステラもか細く哀れで、こういうスタンリーとステラもあったかと目を見張った。主客転倒、反対に篠井氏のブランチは精神が常に安定していて逞しく、少しも傷つかない。それは4年前に観た時と変わらない。期待したのに・・・。
11月23日 16:00 国立小劇場「舞の会」
舞踊の夕べでお世話になった楳茂都梅咲師が出演されるので、御礼のご挨拶に伺う。○○歳とは思えない艶姿!ご自前の青海波に貝尽くしの引き着に黒地に金の細縞の帯をお太鼓に結び、今では珍しいざっくりと結ったやき出しの潰し島田の頭に本鼈甲の櫛と中挿し。蹴出しも濃いとき地に赤の梅模様という凝り様。歌舞伎座に飛んで戻らねばならず、舞台は拝見出来ず残念だったが、その爛熟の美しさはしっかりと目に焼き付けた!
11月12日 22:00 三軒茶屋大島やす子氏宅
松井今朝子女史への直木賞受賞のお祝いの品が、9月に注文してからやっと今日出来上がってきたので早速お届けする。吉原に因んで、花魁道中の箱提灯である(写真参照)。これには謂れがあって、以前、NHKのブックレビューという番組に「吉原手引草」の紹介で今朝子氏が出演することになり、私に連絡が来て「吉原に因んだ小道具があれば貸してほしい」ということだったが、芸者の扇子やブラ(根付)くらいしかなかったので、お役に立てなかった経緯があったからである。今朝子氏もマネージャーの大島氏もびっくりして大変喜んで下さった。早速、22日の朗読会の舞台で使用して下さるという。楽しみ!
11月9日 22:25 NHK教育 ブロードウェーミュージカル「カンパニー」
ソンドハイムの代表作。現代ニューヨーカーの(というよりも都会人全ての)病理的なまで の孤独。その絶望感が、スタイリッシュな装置と美しい音楽の中から粛然と立ち昇る。主演のラウル・エスパルザの孤愁に満ちた眼差しが実にいい。「ひとりはさみしい、ふたりはうんざり」という歌詞が、現代人の深層心理を鋭く突いている。
10月20日 19:00 両国シアターΧ 「禿の女歌手」
丸山里奈氏の企画・演出公演。昨年、常磐津絋寿郎師のご縁で、同じくイヨネスコ作の「授業」を観に行って驚いた!芝居の進行に常磐津の語りと三味線が絡むのである。イヨネスコと常磐津!?その大胆な発想が面白い。今回の「禿の女歌手」でも常磐津が進行役を勤める。「授業」よりもその絡み方がこなれてスムーズになったが、作品自体の面白みから云っても「授業」のほうが数等勝る。
9月28日 18:30 東京會舘 観世榮夫師のお別れ会
参集した方々を見て、改めてその多峡に亘る人脈に驚く。私達の世代には、能楽師というよりも演出家として、また個性豊かな俳優としてのイメージが強い。その師所縁の銕仙会で、師が作られた宗家藤間流の「海士」をもとに新たに「志度之浦」を再創造させていただけること(10月末の舞踊の夕べ)には、実に感慨深いものがある。武智塾で一緒だった林秀樹氏に久々に邂逅、懐かしかった。
9月27日 18:00 歌舞伎座 松竹特別舞踊公演
師が荻江の「高尾」を踊る。6月末の藤間流大会の「現在道成寺」の時よりも元気だったので一安心。終演後、親友のT氏が神楽坂のとあるバーへ案内して下さる。ここがなんと蝋燭の灯りだけで営業。余分な外光はすべて遮断してあり、まさに手暗がり!谷崎の陰翳礼賛を地でいったような貴重な体験でした。
8月22日 20:30 松井今朝子直木賞受賞パーティー2次会
淡々とした今朝子女史の笑顔が美しい。いつもは皮肉屋(?!失礼)の女史も今日ばかりは心底嬉しそうである。
私もひと言祝辞を述べよとご指名を受け、酔っ払って「今朝子さんの小説はすべては読んでいないが」と言うつもりが、「今朝子さんの小説は全然読んでません」とやってしまって、場内大爆笑!文藝春秋の武田君に10年振り位に邂逅。懐かしかった。それにしても、京都の今朝子さんのご両親のお喜びはさぞやとお察しする。大変な親孝行である。
8月4日 19:00 銀座某処
法政大学歌舞伎研究会OB現役合同で、私の日本俳優協会賞受賞記念パーティーを開催して下さったが、歌舞伎座の稽古が延びに延びて、ついに主賓不在のパーティーとなってしまった。それでも23:00前に、なんとか2次会には掛け付けることが出来た!創設者の足立先輩はじめ、先輩、同輩、後輩の皆様から祝福を受け、感無量。
8月3日 18:30 四季自由劇場 「エクウス」
1975年の日本初演を見逃しているので、念願の舞台だった。(初演の少年は、なんと市村正親!)
日下武史のマーティンは、入魂の代表作であろう。しかし、終幕のメッセージも含めて、もう少し第3者的立ち位置に徹してもらいたい。が、これは脚本の問題。金森馨デザインの金属製の馬の仮面が、官能的で実に美しく、舞台に詩的な奥行きを与えている。
8月1日 16:00 日比谷シャンテシネ 映画版「魔笛」
ケネス・ブラナー監督作品なので期待したが、音楽が映像より立ち勝り、それも間断なく流れるので、メリハリなく単調。まるで、オペラ「魔笛」のプロモーション映像みたいになったのは残念。
7月8日 早朝
私の手ほどきの師匠藤間勘千與師のもとで、長年いっしょに舞踊の研鑽に励んだ藤間千之助氏逝去。私が役者になってからは、彼も土浦に引っ込んでしまったので疎遠になっていたが、身体を壊していることは、なにかにつけて耳にしていた。人生の早仕舞いはいくらなんでもせっかち過ぎる!。またひとり親友が逝ってしまった。合掌
7月5日 18:00 札幌宮の森 佐藤笑子氏宅
今月は公文協東コースの巡業に出て、今日は札幌に移動。郡司正勝先生のお弟子さんで、私もお世話になった佐藤笑子女史と、お嬢さんの知香子さんに久々に邂逅。本間洋子さんはじめ、地元のお友達をたくさん招かれて、大宴会を開いて下さった。
今朝がた市場で吟味に吟味を重ねて仕入れてくださったタラバ蟹(写真参照)や獲れたての蝦夷鹿のお刺身などの珍味が食膳に並ぶ。特にタラバ蟹は、醤油も三杯酢もなにも付けなくても、旨みも甘みも充分!。笑子さんから「この蟹は一匹丸ごと貴方の分です!」と言われ、夢中で平らげてしまった!笑子女史のお元気な様子を確認出来て一安心。
6月29日 22:25 NHK教育TV 芸術劇場 創作舞踊劇場公演「YOGEN」
24回目のこの度はシェークスピアのマクベスが下敷き。藤間蘭黄氏のマクベスが、僭越ながら、見違えるように骨太で、野性味あり、押し出し充分で存在感抜群。それに尽きる。
6月28日 歌舞伎座 「藤間流大会」
勘右衛門派の久方ぶりの大会。師は昼の部の切に荻江の「現在道成寺」を勤める。舞台に立つのは歌舞伎座4月の口上以来。我が師ながら、風姿絶品!それが一曲の全てを語るから、芸は奥が深くて眩暈がする。
6月22日 正午 歌舞伎座地下稽古場
国立劇場10月公演、芝雀のスチール写真撮り。「うぐいす塚」なる芝居を、勿論観たこともなく耳にしたこともなかったので、芝雀の勤める腰元幾代の扮装決めに難渋する。資料も乏しく、やはり、高根宏浩氏のような美術監修者が必要である。
5月28日 14:00 大阪中ノ島 ロイヤルホテル
秋の舞踊の夕べで、「珠取海女」のご指導を頂く楳茂都梅咲師にお目に掛かりご挨拶。温厚な中に、キリッと光る眼差しを感じ、身の引き締まる思い。帰途、古ゆう師と落ち合い、祇園川上で晩餐。古ゆう師より、秋の会の激励を受ける。
5月26日 11:00 歌舞伎座 第34回俳優祭
この度、第13回日本俳優協会賞を頂くこととなり、この俳優祭昼の部の舞台で表彰式が行われた。名題になった折、師より拝領した師愛用の芥子色の袴を着用して臨席。協会会長である師より直々に表彰状を手渡され感無量!これは私にとって、一生涯の思い出となった。
5月6日 11:00 国立大劇場 家元吉村輝章師主催の「吉村会」
序開きは古ゆう師の長唄「吉原雀」。この度は女師匠が前割れ、後見結び姿の立役振りで舞うという、皮肉な手の込んだ趣向。衣裳、鬘、小道具等のセンス抜群で、さすが古ゆう師!
4月30日 11:00 国立大劇場 第15回「扇の会」
この度は、坂東勝友師の師籍50周年の記念の会。私もお招きを受け、勝友師の代表作「風流浮世床」の女髪結いを勤めさせていただくこととなった。
この作品は、杉昌郎先生作詞、勝友師振付・主演により、平成5年に同じく扇の会で初演された常磐津の新曲で、五月晴れの墨田堤で久方ぶりに出逢った幼馴染の女髪結いと鳶頭のちょっぴり屈折した心情を、いかにも江戸育ちらしい爽やかなタッチで描写した世話物舞踊。故常磐津菊助師の名作曲と相俟って、擬古典様式ながらリアルな心理描写も必要とされる、平成の名舞踊である。
私は以前拝見した折感銘を受け、将来是非させて頂きたいと思っていた念願の作品だった。今回、鳶頭には私が学生の時分よりご指導を頂いている三津二郎師がお付き合い下さる光栄に浴し、このような機会を与えて下さった勝友師に心より感謝申し上げる。勝友師の大切な作品故、心して勤めさせて頂く。
4月23日 20:00 沼袋 禅定院 中村四郎五郎丈通夜
またひとり、貴重な先輩俳優が逝ってしまった。合掌
4月5日 20:00 四谷 菊万
その菊万へ、歌江丈よりお誘いを受ける。
1、わらび煮 2、空豆の甘煮 3、大根とジャコの炊き合わせ 4、蛍烏賊と菜の花の酢味噌和え 5、鯛、さよりのひとシメ、こはだ、蒸し雲丹、しら魚、ほっき貝のお造り 6、白べいの真丈のお椀 7、こんにゃくの煮合わせ 8、海老、蓮根、独活の甘酢煮 9、山葵の花のお浸し、10、ふっこの塩焼き、とまあ、出るは!出るは!すべて女将さんの手造り。歌江さんお薦めの熊本の秘蔵の焼酎をロックで頂きながら、十分堪能致しました!
4月2日 20:00 歌舞伎座裏 なかむら
青木みどり女史と久々に邂逅。お互い、それぞれの相談?を持ち掛ける。ここ、カウンター割烹の「なかむら」も四谷の菊万同様、歌江丈のご紹介。
さすが、歌江さんは美味しいところをよくご存知で、お造りの素材といい、ご亭主の包丁裁きといい、グルメのみどり女史も絶賛!のっぺ汁とかの地方料理もあり、かにサラダのマヨネーズドレッシングも絶妙で、バラエティーに富み、美味しい!美味しい!
3月31日 13:00 日本橋三越劇場 吾妻流「花橘会」
家元徳彌師と息壱太郎丈の「賤機帯」が、いかにも春の物狂いらしく、さらっとしていて、しかも十分に踊り込んで見応えあり上々。
3月24日 11:00 南座千穐楽
今月は橋之助丈・愛之助丈に大変お世話になった。また、立派に成人した勘太郎丈七之助丈と共演出来たことも、子役の頃、後見でお世話したことがあるので感慨一入。終演後、祇園の三田さんに挨拶。
3月17日 15;30 小野随心院
小野小町の生家としてつとに名高い。私も「小町伝説」シリーズを立ち上げた時取材に訪れ、それ以来こちらには度々お世話になっている。いち時、荒れ寺であったが、英良彦主管のご努力により復興。
私としても近い将来、本堂の回廊を舞台に、お庭を借景にして、小町に因んだ舞踊の夕べを開催したいと腐心している。今を盛りと咲き誇っている梅園の蝋梅が美しい。恒例の「はねず踊り」は、今年は楽日の翌25日なので、拝見出来ず残念。
3月16日 21:00 先斗町三しま
三しまのお母さんが、蘭寿司のばらちらしを「いちどは食べてみなはれ」とご馳走して下さる。そりゃ、美味しいのなんの!
3月5日 19:00 祇園川上
友人のT氏来京。念願叶って川上での邂逅がやっと実現。杯を重ねる。川上の堅実な味は健在。高齢(失礼!)のご主人夫妻を援護して、チーフの加藤さん以下若い衆の立ち働きが誠に清々しい。
3月2日 16:00 南座初日
並木正三作の復活。頼朝亡き後の鎌倉幕府の内乱を題材にしているのが珍しい。私見では、野に下った頼家の遺児公暁を書き込んで脚色し直すのも手かと愚考する。私は愛之助丈の恋女房といういいお役。大阪の二の替わり狂言の味をふたりのやり取りで出さなくてはと、これは手前味噌。終演後、祇園のやすかわさんと木屋町の勇次さんのお店に立ち寄り、挨拶。
2月26日 20:00 博多駅
博多座千穐楽。胡蝶も三の君も無事に勤め上げ、ほっとしてタクシーに乗ったのも束の間、携帯電話を楽屋に置き忘れ、取りに引き返すというてんやわんやの末、のぞみ56号にようよう飛び乗り京都に向かう。
明日より南座の稽古。3日後には初日という強行軍、それも見たことも聞いたことない復活狂言!脚本も2稿3稿と変更。明日からさあ大変、嗚呼!。京都は比較的暖かだが、のどのケアは油断がならず、加湿器をバンバン効かせて早目に就寝。
2月2日 11:00 博多座初日
13:20、「鏡獅子」の幕が降りた。手前味噌ながら、不思議なことに8年前より肉体的にも精神的にも楽に踊れた。決して手を抜いたわけではないのに・・・・、8年前の身体の記憶であろうか?
気持ちも8年前は若く若くと無理に意識したが、今回は自然体で臨めた。誠に芸の限りない奥深さを改めて認識した次第。さあ、あと24回頑張らねばッ!
「おちくぼ物語」の三の君(写真)はシンデレラのいじわるなお姉さんのような役どころ。しかし身分の高い姫君なので品格を保たなくてはならず、その兼ね合いが難しい。こちらはしゃべり倒しているので、喉のケアが一苦労である。
1月29日 20:00 博多川端 遊膳
午前中に博多入り。稽古を済ませ、月極めマンションで荷解きをして、シャワーを浴びて、川端の遊膳に直行。貝柱と寒鰤のお造り、赤むつの焼き物、博多雑煮(あご出汁)、どれもこれも親方の包丁が冴え、神経の行き届いた逸品ばかり!お酒を二合頂いて、すっかりいい心持ちになった。
1月19日 12:30 渋谷松涛藤間宗家稽古場
まさかまさか! 来月の博多座、菊之助丈の鏡獅子で胡蝶(写真)を踊ることとなり、京紫さんと宗家へお稽古に伺う。8年前に歌舞伎座で、やはり菊之助丈の鏡獅子で京妙さんと踊らせて頂いたが、その時だって年齢的にギネス(!?)ものだったのに、この期に及んで胡蝶を踊るとはユメユメ思いもよらなんだ。体力的な不安を抱えながら稽古に臨む。大人が子供の振りを踊る難しさを改めて痛感。勘祖師の厳しい稽古が続く!嗚呼!
1月4日 22:00 杉並松ノ木谷川邸
ご主人の渥先生はイタリア遊学中でご不在だが、奥様の雅ゑでさんが恒例の新年会を開いて下さる。舞踏の和栗由紀夫さんやモダンダンスの江ノ上陽一さん率いるSOUKIのメンバー達と久々に邂逅。深更まで話しは尽きない。奥様から渥先生の近著、「芸術をめぐる言葉II」(美術出版社)と「日本の色」(平凡社・コロナブックス)を頂戴する。
1月1日 8:30 目黒区碑文谷公園
住まいの近所の碑文谷公園の中にある弁天様のお社が、一昨年放火によって焼失したが、この度ようやく再建が叶ったことは、年初早々目出度い限り。早速、木の香芳しい新しいお社にお参りに行く。
2006年
11月28日 19:00 紀尾井小ホール
富田清邦地歌筝曲演奏会 友人T氏のご配慮で拝聴に伺う。「雲井弄斎」の艶冶な味わい、「寛濶一休」の洒脱で飄逸な風味、そして「残月」では米川文子師の筝と相俟って、繊細巧緻な撥捌きと、どれもこれも見事な名人芸の数々!至福の一夜だった。
11月25日 14:00 国立小劇場楽屋
川口秀子先生に久々に御目文字する。今夜は舞の会で、秀子先生は「山姥」を舞われるが、私は歌舞伎座の出番と重なり拝見出来ず無念この上ない!ならばお顔だけでもと、歌舞伎座の竹の間を勤めてから国立へ急行し、舞台稽古を終えてお休み中の楽屋を直撃した次第。かなり体調を崩されていると聞いていたが、果たしてかなりお窶れのご様子にもかかわらず、私の手を取って再会を喜んで下さった。お言葉の端々はとてもしっかりした感じで、お付きの方の話しでは舞台稽古をされてから俄然元気になられたとのこと。流石!秀子先生である。当夜の本番もご無事どころか、客席を魅了した由。日の本一の舞の名手、川口秀子先生には千年も万年も舞続けてほしい!
11月20日 13:30 日比谷公園
女性誌クロワッサンの取材。園内の三笠山!?という小高い丘で黒紋付袴姿で正月用の写真撮影、その後「松本楼」に移り小一時間ほどおしゃべりをする。師より拝領した芥子色の袴を着用して行ったが、それが絶妙な色合いで、副編集長や記者の方がとても気に入って下さった。
10月3日 19:00 国立小劇場
花柳基師のリサイタル。「権太」が洒脱でいい味。帰途、五條雅之助氏と赤坂で会食。ビルボケというビストロのポークハムステーキが美味しい。
9月19日 21:00 三軒茶屋松井宅
ご実家の祇園川上から、おせちの見本が届いたから試食せよと今朝子姐御よりの号令が掛かり、それっとばかり日本酒持参で掛け付ける。試食せよと言ったって、不味い訳があろうはずもなく夢中で頂く。平目の求肥巻きなど絶品!。
8月28日 16:30 表参道
大学時代の旧友、栄さんといずみさんに久々に邂逅。栄さんが大学生の次男を伴い、我々もそんな年代になったのかと感慨一入。蛙の子は蛙で、その次男坊も芝居に嵌まり、俳優を志しているという。おっかさんの栄さん、気を揉むこと頻り。
8月4,5,6日 国立大劇場 宗家藤間会
2世勘祖師の17回忌追善である。この度は作詞、作曲、振付、主演と4役をこなす若宗家勘十郎師の新作発表会の様相を呈し、その縦横無尽の活躍振りが見事で頼もしい。
7月21日 19:00 ジャンジャン横丁「八重勝」
地元の知人の案内で、今夜は生まれて初めて新世界を探訪。地元で1番という串揚げや「八重勝」へ連れて行って頂く。行列の出来るお店。私はソースというものが基本的に苦手だが、豊富な食材を目の前で豪快に揚げて、それをカウンターでみんなとワイワイ言って食べる楽しさはまた格別!興味深々の新世界は、しかし串揚げやの乱立でテーマパークみたいで実感がなく少々がっかり。通天閣も改装中で入塔出来ず残念。
7月20日 20:00 「英ちゃん福久鮨」
ここは道頓堀筋を東へ向かい、御堂筋を渡って一筋目を左にはいって10米ほど行ったところのお鮨やさん。いつもお世話になっている某姐御(!?)にお誘い頂く。まず、鱧が湯引きではなく、生をさっと炙ったお造りがほんのり香ばしくて美味しい。鳥貝も肉厚つで濃厚な味。酢味噌で頂く。御品書きに「えりまき」とあるのでなんのことか?と思って注文すると、これがなんと握った酢飯のまわりを1匹丸ごとの穴子がとぐろを巻いていてビックリ!大変なボリューム。「半えり」(笑!)というのもある。また、海外おみやげ用「鯖の棒鮨」ともあるので、またまたビックリして聞いてみると、2日間もつので、飛行機での移動時間が丁度馴れるのに頃合だと伺い納得。
7月18日 18:30  三ッ寺筋「四季の味」
葵太夫師をお誘いして、「山月記」の打ち合わせがてら会食。旬の岩牡蠣がひとつしかなくて、葵師と半分ずつ。美味しくて白ワインがすすむ。
7月14日 19:00  京祇園「川上」
今月は17:30に松竹座を出られるので、このチャンスを逃してなるものかとばかり、京阪電車に飛び乗り祇園「川上」へ直行。ここでも鱧にはじまり夏の味覚を満喫して直帰。京都でいつもお世話になっている他のお店の皆様、ごめんなさい。
7月13日 21:00  堺筋長堀 旬味「節」
東京からお見えのいつもお世話になっている方々に、今夜は鱧尽しのお招きをいただいた。湯引き、天ぷら、にこごり等々、そして鱧と松茸のしゃぶしゃぶ。スライスした玉葱が脇役に添えられ、これが美味しさを倍増。十分にお出汁が効いたところへご飯を入れて雑炊。至福の時。
7月9日 19:30 道頓堀西側 与太郎
赤井のお父ちゃんが、みづ穂のママさんと松竹座の公演を観に来て下さって、帰りにふぐをご馳走して下さる。お父ちゃん曰く「ここのふぐは一流や、大阪のふぐの相場はここと○○とで決まる」とお父ちゃんはそう豪快に言い放すと、焼酎のグラスをぐっと飲み干した。ふぐ刺しとふぐちりを十二分に堪能。
6月30日 20:00 三ッ寺筋 四季の味
こちらのステーキハウスは上村吉弥さんのご紹介。従業員の奥田君は大の芝居好きで、伺う度に歓迎して下さる。海老、帆立、平目、またアスパラ、じゃが芋、椎茸など海の幸山の幸の鉄板焼き。かぼちゃの冷製スープ、グリーンサラダをはさんで、牛ヒレのサイコロステーキ。しめはにんにくタップリの蟹肉入り焼飯。ワインがすすんで、東京から引き摺って来た疲れがこの3日間で吹っ飛んだ!
6月29日  19:00  道頓堀東詰 赤井
こちらはおととしの夏、ふらりと入った居酒屋。カウンターで翌月の台本を開いてひとりで飲んでいたら、ご主人らしき方が「あんさん役者でっか?」と声を掛けてきた。たちまち意気投合!この居酒屋赤井はご主人のお父ちゃんと息子のリョウちゃんと数名の若い衆がチームワークよろしく切り盛りする東京には絶対ありえない(!? 店の規模、食材、親近感等々)お店で、お父ちゃんの包丁さばきが冴える。明石の蛸刺し、鱧の天ぷら、鰹のたたき等々今が旬の美味しいものがてんこもり。
6月28日 20:00 天満天神表門前「豊」
大阪に着いて、松竹座の稽古が済んで、南森町の月極めマンションに直行。荷物を解いて、歩いてすぐの「豊」さんで遅い晩御飯。こちらは、女将の豊子さんのお母上の代より京屋のご贔屓で、またお嬢さんのイクちゃんは、山城屋のお弟子さんで私の大親友の扇乃丞さんの奥様という深いご縁。お客筋も文人墨客多士済々。豊さんのお人柄を慕って、実に様々な職種の方々が集う。豊さん手作りのおばんざいで、神の河のロックがすすむが、やはり夏の定番の水茄子の浅漬けは絶妙な酒肴。醤油を浸けず、おろし生姜をのせて、あっさりといただく。
6月28日 14:50 東京駅
大阪行きのぞみに大好きな「日本橋」という弁当を買って乗り込む。しかし、なんとまあ我ながら、信じられないような強行日程である、嗚呼!
6月27日 正午 浅草公会堂 「たけのこ会」2日目。
昼の部は私も三津右衛門さんもさすがにバテ気味だったが、夜の部は俄然盛り返した!記録撮影は昼の部だったので、お互い悔やむことしきり。ご覧下さった方々に懐かしいお顔が多かったのが嬉しかった。終演後、青山の三津五郎師宅へ御礼の挨拶。三津五郎師から「よく稽古を積んだ」とのお言葉を全員に頂き、次回を約して乾杯!帰宅して「たけのこ会」の荷物を片し、翌日からの大阪公演の荷作り。
6月26日 10:00 浅草公会堂 「たけのこ会」舞台稽古。
15:00 初日開演。今日は三津五郎師の芸術院賞受賞式の慶事と重なり、皇居から駆けつける為、順を入れ替え「三ツ面子守」が大喜利となる。私もパワー全開だが、明日は昼夜2回だと思うと気が重い。早めに就寝。
6月25日 19:30 浅草公会堂
明日の荷入れ。
6月24日 19:30 松涛藤間宗家稽古場
「藤間会」稽古。
6月23日 14:00 青山三津五郎師稽古場
昨日録音したテープで最終念入り稽古。さすがに草臥れ果てて、帰途、行きつけのスポーツマッサージで全身をほぐしてもらう。
6月22日 16:00 赤坂見番 「たけのこ会」下浚い。
「鬼次」の三味線のノリも長龍郎師のお蔭でうまく運び、無事終了。しかし、大変な汗のかき様で当日が思い遣られる。
6月19日 13:00 青山三津五郎師稽古場
「鬼次」引き続き「俄七福」の稽古。
6月18日 13:30 松涛藤間宗家稽古場
8月の「藤間会」の稽古。
6月16日 夕刻
三津右衛門氏、ロスの坂東会より帰国。「鬼次拍子舞」の稽古再開。
6月15日 21:30 銀座ロビー 「山月記」打ち合わせ。
村上氏、高澤師、葵太夫師と私の4人の初会合。葵師のスケジュールが難航するが、すでに詳細な下調べをされていて、いつもながらその熱意には頭が下がる。高澤師は物静かな方だが、かなりの酒豪とみた!? 村上氏と8月上旬に脚本脱稿を約して散会。武者震いと興奮で酩酊し、その勢いでひとりMori’s Barへ直行。
6月14日 17:00 小石川涵徳亭
石川鐵男氏出版記念会。勘定奉行のCM監督の石川氏が「ぼくの細ぃ道」を処女出版された。以前から俳句に目覚めたとおっしゃっていたが、失礼ながら、こんなに味わい深い俳句をものされていたとは知らなかった。そこには、目の前に立ちはだかる苦難に呆然と立ち竦む中年男の悲哀がものの見事に活写されている。酒の当てになる男の手料理も実に美味しそうだ。私も石川氏の出版を祝って、恥ずかしながら一句。
梅雨空に上梓を寿ぎて日矢射して
6月11日 松涛藤間宗家宅稽古場
8月の「藤間会」の稽古。後見を5つも受け持っており、責任重大。帰りに勘紫満師が、東急本店8階の「なだ万」でご馳走して下さる。ここもたまに利用するが、季節の食材をふんだんに使い、器も綺麗で、盛り付けも手が込んでおり、全体に行き届いた心遣い。勘紫満師も大変お元気で、ぺろりと平らげ、健啖家振りを発揮!(失礼)
6月9日 18:00 銀座松屋8階宮川
ビール(小瓶)と日本酒(常温1合)と白焼きと鰻丼で癒しの時間。
ここの鰻丼は見事のひと言。ホクホクの鰻は蒸す、焼く、タレの具合、いずれも完璧。かためのご飯も申し分なし。
6月8日 17:00 青山三津五郎師宅稽古場
「俄七福」稽古。やっと纏まりが付いて来た。三芙美師初め、坂東女流の先生方にご苦労をお掛けし誠に申し訳ない。
20:00 青山すし清
佐藤博文氏と久々に邂逅。お鮨とビールでホッと一息。
6月6日 8:30 新宿金内クリニック
年に1度の半日掛かりの人間ドック。バリウムは未だに苦手。
6月2日 18:30 新宿紀伊国屋前
谷川渥先生、萩原朔美先生と「山月記」打ち合わせ。谷川先生のご仲介で萩原先生と初めてお目に掛かる。ずっと以前、三島の「弱法師」を萩原先生が演出されたのを拝見しており、強烈な印象が今も脳裏に残る。三人で乾杯して、いい舞台にしましょうとのお言葉を頂く。心強く、嬉しい!
5月16日 正午 青山銕仙会能楽研修所
秋の創作の会の手続きと下見。客電の落ちた見所から見た、薄暗い深閑とした能舞台に犯すべからざる神が確かに居た!一瞬怯んだが、切に味方を乞うた。神の返事はまだない。
5月10日 22:00 青山三津五郎師稽古場
坂東勝友師による「鬼次拍子舞」の稽古。3月6日以来久々の稽古だが、これはよほど稽古を積まないとものにならない。身体に叩き込まないと芸の神様は味方をしてくれないので、鬼次に限らず、古典というものはそういうものである。さかしらな現代的解釈や疑問などは一切受け付けない。疑問に思ったら最後、がんじがらめになって身動き出来ない。「身体で覚えること」、今更ながらそれを実感した鬼次の稽古であった。
5月9日 11:00 蔵前葬祭場 三遊亭円彌師告別式
円彌師とは、古典空間の小野木氏とのご縁で2度ばかりご一緒に仕事をした。穏やかな口調が、よき時代の噺家といった風情だった。60歳台とは余りに早すぎる。合掌。
5月1日 11:00 歌舞伎座初日
久々の團菊祭。「外郎売」で、病気再発全快の團十郎師が花道から出て行くと物凄いという形容が相応しい万来の拍手!しばし鳴り止まない。本当にご自愛されて、これからのかぶきを背負って立っていただきたい方。やはり何事も人望が第一である。
4月22日 18:05 星ヶ丘三越映画劇場「ALWAYS 三丁目の夕日」
子役ふたりが素晴らしく、子役でもっている作品。あとの大人達は皆、生活感が希薄でミスキャスト。昭和30年代の東京の町並みや暮らしをCGを駆使してあらわしているが、あまりにも緻密で至れり尽せりで隙がなく、まるでテーマパークのようでこれもまた実感がない。過ぎたるは何とやらである。
4月19日 15:20 伏見ミリオン座 「寝ずの番」
マキノ雅彦(津川雅彦)氏の第1回監督作品。監督の人脈とて豪華な出演者。人間の死を茶化す客観性は南北なみのブラックユーモア。とりわけ、らくだよろしく死人の「かんかんのう」を踊る長門裕之が実に傑作。放送禁止用語が飛び交う下ネタ満載の応酬はむしろ爽快で、一種の日本的大人の遊び文化論であろう。中弛みするところもあるがまずは上出来!
4月16日 19:05 名駅前ゴールドシネマ 「プロデユーサーズ」
この映画はまず、1968年にメル・ブルックスの監督・脚本により、ひと捻りしたバックステージ物の映画として誕生した。これが傑作との評判高く、次いで2001年、同じくメル・ブルックスの製作・脚本・作詞作曲により、今度はミュージカルとしてブロードウェイで舞台化された。それが空前のヒットとなり大ロングラン。そしてそれがさらにパワーアップして、ミュージカル映画として再び映画化されたのが今作品。いわばシネマ版ブロードウェイミュージカルといった創りで、まるで本場の舞台を観ているような臨場感さえある。映画的手法と舞台的手法の融合という点では「シカゴ」に軍配が上がるし、前作の映画ほどの苦味や皮肉も足りない。しかしこの映画は9.11事件後の「I LOVE NY」的スタンスが根本にあり、つまりブロードウェイ賛歌。それを前提に観れば、演者は皆素晴らしくて、上手くて、いやもう楽しい楽しい!
4月7日  21:30 那古野神社へ花見
桜の梢から覗く明るい月が美しい。
4月1日 11:00 名古屋御園座初日
芝雀の「奥庭狐火」は珍しい常磐津が地。藤間宗家2世勘祖師が色々と工夫をされて振付られたものを、今回現勘十郎師がリニューアルされた。これがとてもよく創られていて、まず、雪景色の奥庭に柴垣を割って狐の人形が現れ兜の祭壇に消えると、本釣を打ち込んで下手の柴折戸より緋綸子地乱菊模様の振袖に白地織物の振り下げ帯姿の八重垣姫が手雪洞を持ち黒塗りの庭下駄を履いて登場。綿々と勝頼への想いを訴え、花道へ行って「飛んで行きたい、知らせたい」となる。本舞台に戻って兜へ思い入れをして、チチンチチンの合方で祭壇へ行き兜を盗み出す。この辺までは義太夫とたいして変わらないが、泉水に映る影に驚いて「アレー」と飛びのき、再度泉水をこわごわ覗き込むあたりから少しずつ狐が憑依する様を見せ、眺め入って立ったりしがでバッタリ決まり、「オオそれよ」の長台詞のあと、たちまち姿狐火ので、白綸子乱菊模様の振袖に黒繻子地流れ水に菊模様の帯に引き抜く。ここから置きの琴唄をこの兜と絡む件に持って来て、2面の琴がたっぷり入り本釣を充分に効かせる工夫が心憎い。百回りして、合方つき直しバッタリ決まると、今度は八方割れに黒の馬簾姿の力者が上下から4人梅の枝を持って現れ姫との立ちまわりとなる。再び雪降りとなり、常磐津の三味線もお琴も充分活躍して、トド、姫は松の木に岡ズッポンでセリ上がり、兜を引き寄せてチョンと決まって飛行の体。力者はトンボを返って姫を見上げて、雪ひとしきり降るうちに幕となる。客席の反応もよく、是非東京で再演してほしいものである。
3月29日 11:30 東京駅 今日から名古屋入り。
「日本橋」という名の幕ノ内弁当を買って、のぞみに乗り込む。この弁当がなかなか美味しくてびっくりした!オススメの一品。
3月20日(日本時間21日) 米国サンディエゴ
WBCで日本がキューバを10−6で破り優勝、世界一に輝いた!荒川静香の金メダルといい、様々な困難を克服しての快挙だけに喜びも一入!私のように海外で、日本を背負って立っているくらいの気魂で仕事をしている人間にとっては、彼らの気持ちがよく解かる。乾杯!
3月16日 18:00 高円寺斎場
元歌舞伎座大道具棟梁の阿部英夫氏逝く。享年60歳。私が学生時代からのお付き合いだから、もう30年近くになる。男気に満ち、いつも笑顔を絶やさず、誰からも愛され、昔ながらの職人肌の親方だった。「桜梅会」では、私達の無理な注文に「出来るわけねーだろッ」と憤慨しながらも、スペースゼロという不自由な空間に「鏡山」も「妹背山」も「関ノ扉」も「十種香」も見事に飾り込んで、両花道も設置して緊密な芝居空間を造り上げてくれた。これはいくら感謝してもしきれない私達「桜梅会」の大切な軌跡である。早過ぎる死は無念この上ないが、幸い阿部ちゃん(我々はそう呼んでいた)が育てた若い連中が皆よく頑張っているので、彼らは阿部ちゃんのその遺志を継いで、歌舞伎座大道具の伝統を死守してほしい。これは切実な願いである。
3月13日 19:00 恵比寿「ぶた家」
いつもお世話になっているI氏をお誘いする。ここはT女史に紹介された豚肉料理専門店。山形県から産地直送のハーブ豚を使用。1階の売店では自家製のハムやソーセージも販売している。豚肉が好物の私は一遍で嵌まってしまった。私的には「山葵ソースの蒸し豚」がオススメ。そして何と言っても「豚しゃぶ」はいくら食べても食べられる!にんにくと昆布でとったお出汁がさっぱりとしかし味わい深く、豚肉との絶妙なハーモニー。しめのラーメンでノックアウト。
3月10日 19:30 両国シアターX 「授業」
イヨネスコの不条理劇を丸山里奈氏が訳・構成・演出。なにより驚いたのは常磐津浄瑠璃を進行役兼BGM風に用いたこと。これには興味津々だった。演出の狙いとしては、ダンサーと役者と浄瑠璃が、フランス不条理劇を解体する点にあったらしいが、様々なアクシデントや怪我などにみまわれ、充分な成果が得られなかったこと、これは大変気の毒であり残念だったと言わざるを得ない。その困難を克服して、丸山氏が公演を敢行されたことは驚異に値する。ぜひまた万全の態勢で再演してほしい。
3月10日 16:30 神田岩波ホール 「死者の書」
折口信夫原作の小説を川本喜八郎氏が構想30年を掛けて製作した長編アニメ。主演?の藤原南家の郎女と大津皇子の人形が誠に美しく魅力的。だが、この不朽の名作にして難解な「死者の書」を映像化することは至難の技だったというより外はない。岸田今日子の語りがのべつ幕なし続くのが説明に過ぎ、単調で興を削ぐ。もっと人形の力を信ずるべきだ。エンディングで能「當麻」の舞囃子にのせて、資金支援者の連名を延々と流す・・・・。なにをか言わんや、ならば我々1500円なにがしを払って観に来ている観客は何なのか?他に広報の仕方があるはずだ。不快な空気が流れた客席だった。
3月7日 18:30 帝国ホテル光の間 中村雀右衛門後援会総会
詩人の高橋睦郎氏が「雀右衛門丈との四半世紀」と題して実に心情のこもった講演をして下さった。その後、朝日新聞の文化欄で同主旨の評論を掲載されたので、目にした方も多いであろう。日本の文化論にまで及ぶ貴重な御意見である。
3月3日 11:00 歌舞伎座初日
13世仁左衛門丈13回忌追善。この場を借りて、私なりの13世の三絶を挙げる。
1、
「吉田屋」の伊左衛門。これは昭和40年1月歌舞伎座所演を観ているが、子供心にも実に面白かった。色気があって華やかで賑やかで、繭玉がきらきらと揺らめいていた。常磐津連中の山台が障子が開くと、ぐっと前に押し出されてきたこともはっきり憶えている。
2、
「阿古屋」の畠山重忠。 これはもう幾度も観た。情理兼ね備わった見事な捌き役。じっと阿古屋の演奏に耳を傾けるその風情。絶後であろう。
3、
国立劇場所演時の「道明寺」の菅丞相。堂本正樹先生が寂光美と絶賛されていたが、まさに落ち行く聖者の神々しさに溢れ、客席がシンと静まり返った。先導する供侍のドンジャランと突く金棒の音が悲しみに客観性を持たせ、耳に残る。
番外
これも国立所演の「寿根元曽我」の工藤祐経。対面で「高座御免」の一礼の後、たいていは高座のうしろで支度が出来るまで待機するが、13世はこの時、舞台正先で一礼の後、ゆっくりと歩を進めて、そのまま高座へ上がった。その大きさ、悠然とした構え、辺りを払うとはまさにこのこと!実に立派だった。
他にも数えたら切がない。「角力場」の与五郎と放駒の二役。「寺子屋」の源蔵。先代中村屋代役の「馬盥」の光秀。「助六」の白酒売。思い出は尽きない。合掌。
番外 読書案内
「国家の品格」藤原正彦著ー新潮新書ー三津五郎丈から薦められて読む。目から鱗の国家論、文化論。サムライ魂で大和ごころをひとくくりするのは抵抗があるが、先頃のWBCの日本優勝を鑑みるとさもありなんと納得する。傾聴に値する藤原氏の諸説。オススメの一冊である。
初花月あれこれとは言い条、今月は連日お能狂言三昧の日々で堪能した。ご指示下さった友人T氏やK氏に感謝感謝。
2月26日 正午 目黒喜多能楽堂 「喜多流職分会」
長島 茂師の「東北」 以前から拝見したかったお能のひとつ。淡々とした情調だが、その淡々のもう少し先を感じたい。
松井彬師の「鞍馬天狗」 小柄な師であるが、白頭の後シテがいつもながら師一流の凝った拵えで目が覚める。子方連が誠に可愛い。
2月25日 13:00 目黒喜多能楽堂 「條風会」
狩野了一氏の「巴」。 型付けの問題として、後シテが軍装するのは、男(義仲)の面影の中に女(巴)がモンタージュするという意識がある。だから終盤、鎧を脱ぎ、武器を捨てた巴がまたぞろ義仲の形見の衣を羽織っては駄目押しが利き過ぎると愚考する。形見は胸に掻き抱いて橋掛かりを去りたい。
2月20日 15:30 銀座シネパトス 「SAYURI」
やっと観るチャンスを得た。小説は読んでないが、「おしん」の芸者版というところ。とある国のとある物語だと思えば腹も立たない。その点、ビジュアル的にはとても美しい。不思議な魅力があるのは確か。
2月16日 15:30 西新宿 新国立演劇研修所
実習2時限目 13日に教えた歌舞伎の色々な型や日舞の振りを駆使して、何班かに別れてショウトストーリーを作れと課題を出しておいた。時間の少ない懸念はあったが、皆それぞれ個性豊かに、その咀嚼力はなかなかのもの。少し私が手直しするだけで、見る見るうちに血の通ったものになる。それだけ彼らの素材がいいしるし。今後の授業も楽しみだ。帰途、久しぶりに渋谷のんべい横丁に寄り、軽く一杯。
2月15日 19:00 国立能楽堂 茂山千作米寿記念 第1回「千作千之丞の会」
齢88歳になりなんとする千作師の「枕物狂」が、素晴らしいとか、見事とかそんな次元を遥かに超えた、なにか芸の仙境に遊ぶがごとき、馥郁たる出来映えである!闊達自在な千作師の面目躍如だが、その奔放に見える師の芸が、実は修練に修練を重ねた上の結果であることを、茂山の若手連は肝に命ずるべきである。千之丞師の「千切木」も小言小兵衛的な太郎の存在感が少しも嫌味でないのは、現在の千之丞師の芸の境地であり、それが年功というものであろう。おふたり芸の深奥を拝観したというべき至福の一夜だった。
2月13日 15:30 西新宿新国立劇場演劇研修所
2時間30分の実習授業。まず、彼らが日舞の授業で学んだことを一通り見せてもらう。彼らは歌舞伎の俳優になるわけではないので、歌舞伎俳優の真似をしてもはじまらない。大切なのは歌舞伎の俳優の演技から“気”を貰うことだ・・・・・。とおしゃったのは故郡司正勝先生。私はそれを「心から入って形を整える」とも解釈している。かれらにはそういう教え方がベストで、その型の意味や感情を伝えるとかれらは目を輝かせ、ぎこちなくてもその型が活き活きとしてくるから不思議だ。次回までの課題を出して本日は終了。
19;00 新宿南口イタリアンレストラン「たべるな」 藤井昭子氏地歌ライブ
こちらもT氏のお薦めで、以前からお誘いを受けていたが、いつも芝居とかち合い果たせず、今回初めて拝聴する。「新松尽くし」と「尾上の松」の2曲。鷹揚で素直な芸風が「新松尽くし」で生きた。
2月12日 14:00 千駄ケ谷国立能楽堂
友人のT氏のお薦めにて、和泉流狂言師、高澤祐介氏の「棒しばり」を拝見する。仁、技術、精神性、申し分なし。なにより書生気質を忘れず、バックボーンにそれがきちんと通っているのが尊い。
2月9日 18:00 高幡不動保坂京子氏宅
今月やっと時間が取れたので、故保坂桂一氏の遺骨を安置している姉上京子さんのお宅へ弔問。納骨は桜の咲く頃ということ。こちらへ身を寄せている母上坦子さんが思いの外お元気なので一安心。かえって、後始末に奔走している京子さんの心労が気に掛かる。しかし、遺影の桂一はただ無邪気に笑っているだけだ。その笑顔を眺めながら母上は呟いた。「桂一は70年分くらいの人生を生きたと思います。本人は幸せだったでしょう。」
2月3日 15:00  西新宿新国立劇場演劇研修所
昨年より現代演劇の研修がスタートし、その講師を依頼された。実習は来週からなので、今日は金曜講座ということで、研修所主任の井上さんに聞き手になってもらい90分ほどおしゃべりをする。いくら研修中に頑張っても、卒業して現場へ行ったら1から出直し。それは歌舞伎も現代演劇も同じである。「何を研修所で勉強して来たんだ!」と指導者や先輩方から怒鳴られるのは必定、覚悟せよ!と開講式でも言い、今日もそれを強調したのは自分の経験からで、その時に潰されない強靭な精神を養ってほしい。しかし、来週からの実習は自分自身のブラッシュアップにもなるので楽しみだし、手応え充分な資質の彼らと視た。
1月23日 18:30 銀座でん八
青木みどり氏の音頭取りで、武智歌舞伎塾の主要メンバーが数年振りに集った。都合で竹本越京氏の欠席は寂しいが、五條雅之助氏、瀬戸千鶴子氏、前川文子氏と懐かしい顔、顔、顔。それぞれ年輪は重ねたが、当時からの生命力は健在。ことに女性軍は酔うほどにむちゃくちゃ意気軒昂になり、我々男性軍はもうタジタジ、お手上げである。
1月20日  20:00  用賀 鮨あら輝
暮れに京都祇園川上の御主人が「東京に戻ったら、娘の今朝子に案内してもらって用賀のあら輝に行きなさい。いい仕事振りですよ」とすすめられ、早速、お忙しい今朝子氏に無理を言って今夜を迎える。用賀の人里離れた?お店の暖簾をくぐり、カウンターに座って、ついと御亭主の顔を見上げると、はて見覚えが・・・・?そうそう!「情熱大陸」で以前、その厳しい鮨道が紹介されていたっけ。さすが川上の御主人のご推奨だけあって、素晴らしいネタのにぎりの数々。真摯でピュアなご亭主の人柄がよくその仕事振りに顕われている。書生気質を忘れぬこと、それを私も常に肝に銘じている。
1月5日 19:30  四谷 菊万
歌江丈に誘われ同行。こちらへは歌江丈に何度もお招きを受けているが、この四谷とんかつ三金裏の小料理屋は知る人ぞ知る名店。今夜もおかみの老練で見事な包丁捌きで、お造り、お椀、焼き物どれもこれも美味しいのなんの!菊正のお燗がすすむ。
1月2日 11:00 歌舞伎座初春興行初日
何にも益して師雀右衛門が大変元気で、気持ちが快活になったのが嬉しい。体調が悪い日もあるだろうが、それを寸分も見せない。気力充実!今年もお元気でっ!新藤十郎丈と師の夕霧伊左衛門は一幅の絵。しっかり目に焼き付けておこう。
2005年
12月30日 18:00  松ノ木 谷川邸忘年会
久方ぶりで、谷川渥先生御夫妻にお目に掛かる。また、SOUKIのメンバーや後藤光弥氏とも再会。深更まで語らい気が晴れた。来年も懸命に生きようと心に誓う。
12月29日 19:00 上野寛永寺 尾上松助丈通夜
今またここに、歌舞伎にとってかけがえのない方を送る。無念この上ない!合掌。今月は大切な友人や指導者を3人まで失った。
12月27日 18:30 日生劇場 「ジキルとハイド」
以前評判が高かったミュージカルだが、私は初見。鹿賀丈史氏は全てにおいて癖が強いが、それが個性となって魅力がある。作品としては、人格の二面性への葛藤を深めないと底が浅くなる。
12月26日 千穐楽
終演後 祇園三田さんと先斗町三しまさんへ挨拶。両ママともお元気で何より。明日早朝帰京。
12月24日 21:45  祇園 やすかわ
偶然、茂山千之丞師と再会。1992年、「土御門大路」の演出で御指導を受けて以来、14年振りの邂逅である。驚いた、齢80歳の師は気力、体力とも当時と少しも変わらない。素晴らしい年齢の重ね方である。もって範とすべし!と自戒。
12月22日 早朝
昨夜から降り続く大雪で一面の銀世界。七条大橋から望んだ雪煙に霞む北山が見事な水墨画である。
12月21日 正午 祇園 なか一
やすかわのママさんが、吉弥丈と御一緒に昼食にお誘い下さる。なか一さんのお鮨は江戸前のしっかりした仕事振りで堪能した。
12月16日 21:30 祇園 かぼちゃのたね
衣裳の志村嬢と夕食。かぶら蒸しと鰻とボジョレーヌーボーを堪能。
12月15日 京都在住の友人K氏と昼食。
亡くなった保坂氏は我々共通の友人なので、しみじみ思い出を語り合う。我々一組の客しかいない料理屋の二階座敷はシンと静まり返り、囲炉裏をはさんで向かいに座ったK氏はそっと涙を拭った。
12月14日 正午 東京より友人のT氏来京。
祇園の川上へ昼食にお誘いしたかったが、水曜は定休日なので叶わず残念。T氏が繩手を上がった東側のお道具屋を案内して下さる。T氏のお目利きで、永楽の酒盃を購入。
12月12日 正午
嵐山から周って、車折神社へ参詣。紅葉は終っていた。
12月9日 藤間宗家勘祖師が還暦を迎えられた。
いつまでも少女のようにチャーミングで初々しくて、なんとお若いことよ!我々若い者にも厳しく優しく、そして親身にお稽古をつけて下さる。勘祖師のいつも絶やさぬ笑顔を思うと元気が出る。親友の死を乗り越えて、前向きに生きようと心に誓う。
12月7日 早朝 友人の佐藤誠一氏の訃報届く。
彼は大学時代からの友人で、近年では新派「遊女夕霧」や小町伝説公演のプロデュースをしてくれた。8月の末に倒れ、ずっと闘病生活を送っていた。50歳前。残された夫人と坊やのことを思うと胸が塞ぐ。
保坂といい、佐藤といい、相次ぐ親友の死で言葉もない。東山が重い冬の雲に霞んでいる。
12月3日 早朝 友人の花太郎の保坂桂一の訃報届く。
愕然! まだ50歳前だ。彼とは駒沢での舞踊の夕べや浜名湖花博でお互いスクラムを組んでいい仕事が出来た。まだ一緒にやりたいことが山ほどあったのに!無念この上ない!合掌
12月2日(金) 13:00 小野 随心院
2年振りに再訪。お庭のひと本の紅葉が美しい。英 良彦氏と旧交を温める。
12月1日(木) 16:00 東福寺
紅葉の名所だが、今回はじめて訪れることが出来た。通天橋から見渡す紅葉はもう大詰めだが、夕映えに照り輝くもみじとはまさにこのこと!美しいのなんのって!
11月30日(水) 10:30 南座初日
鴈治郎丈改め坂田藤十郎襲名披露興行。京都の地で坂田藤十郎のまねき看板を見上げると江戸の昔にタイムスリップしたようで不思議な実感がある。山城屋丈も感慨一入のことと拝察。出番が終って客席に周って舞台を観ると、この劇場がいかに歌舞伎芝居の寸法と雰囲気にどんぴしゃりなのかを改めて肌で感じる。
11月29日(火) 20:00 祇園川上
南座の稽古終了後、すっ飛んで行く。御主人は言わずと知れた松井今朝子女史の父上。齢80歳だが、その御健在振りが嬉しい。鰆のお造り、かぶら蒸し、白味噌のお椀、どれもこれも舌が蕩けるほど美味い。これは絶対守らねばならぬ日本の文化である。歌舞伎に携わる人間もこの守るという作業を私自身の自戒を込めてよく反芻せねばなるまい。
店を出た途端、取材で来京している前川文子女史から呼び出しが掛かり、先斗町 し乃で飲み直し。
11月27日(日) 京都入り 暖冬でいつにもましてポカポカ
陽気である。紅葉真っ盛り。
10月31日(月) 19:00 渋谷オーチャードホール 能楽劇「夜叉が池」
梅若六郎師が長年温めてきた企画で、能の普及というよりもう1歩踏みこんだ企画。村上湛氏の脚本・修辞。六郎師の白雪姫の長絹の銀の鱗模様が照明に映えて美しい。全体によく纏まっており、見応え充分あるが、もう少しテンポを出したいのと、プロローグの主題歌?と百合が唄う挿入歌の曲調が余りに現代的で興を削ぐ。また、洪水の舞台表現を今ひとつはっきりさせたい。2000席満員の盛況。
10月29日(土) 19:25 渋東シネタワー  「春の雪」
昨今の純愛ブームから思い付いた映画化かもしれないが、三島の難物をよくもまあ今時取り上げたものと唖然。しかし、三島の「春の雪」とは別物と思えば腹も立たない。見事な映像美だし、主演の妻夫木聡も竹内結子も周りがミスキャストが多い中、大変良く演じていると思う。だから、充分情状酌量の余地があったのに、ラストの、来世では清顕と聡子が結ばれるという暗示に一気に血の気が引き、エンディングの宇多田ヒカルの主題歌が全てを水泡に帰した。行定監督には、商業主義を排した映画を思う存分撮ってほしいが、それは実は本人が望まないことかもしれない・・・・・・・。
9月13日(火) 19:00 三軒茶屋世田谷パブリックシアター 「敦−山月記・名人伝」
野村萬斎 構成・演出による中島敦の小説の舞台化。中島敦の作品は、冥の会をはじめとしてこれまでも様々に劇化されてきたが、私はいずれも見逃しており、舞台作品は今回が初見である。
私は学生の頃から中島敦を愛読しており、特に「山月記」、「名人伝」、「弟子」などには深い感銘を受けたから、これらの作品に対する思い入れも一入である。今回、萬斎氏は中島敦の自分捜しという大枠を持ってきて、この2作品そのものよりも、まず敦自身を優先させた。敦の視線が常にあり、特に「名人伝」は萬斎自身が敦であり、また主人公の紀昌でもあるという2重構造。「山月記」の主人公李徴は野村万作師が演じるが、そこにも萬斎演じる敦の眼差しが常に存在する。萬斎の目の付けどころは面白い。が、なぜこうも舞台が白々しく、少しの感動も私に与えてくれないのはなぜなのか?やはり大事なのは萬斎が「山月記」と「名人伝」をどう読んだかであろう。では、かく言う私はこの2作品をどう解釈したか。端的に言う。「山月記」は生きることの下手な男の苦悩と挫折とその果ての狂気がポイントである。「名人伝」は、その道を極めようとする人間の狂気と凄みとその到達した果ての砂漠のような、しかし崇高な虚無の世界である。私はそう読んだ。
萬斎氏が言う、能狂言の技法を用いて、現代劇をつむぎ出すという試みには私も大賛成である。私自身も歌舞伎の可能性を探るべく色々と試みているからである。しかしそれならば、萬斎氏はもっと傷ついて、苦悩して、裸になって、そして能、狂言をいっぺん捨てて、そこから再出発せねばならぬ。
端的に言う、萬斎氏は「山月記」も「名人伝」も少しも読めていない。しかし、超満員の客席は萬斎のファンで埋め尽くされ、スター野村萬斎は、舞台の真中にただただ屹立するばかりである。嗚呼!何をか言わんや!
9月9日(金) 19:00 両国シアターX 「ラコタの月」
サンフランシスコを拠点に活動するシアター・オブ・ユーゲンの土居由理子氏が「ラコタの月」(旧題 クレイジーホース)を引っさげて、初の日本公演を実現した。私は1994年に郡司正勝先生の「サロメ」、また1997年にロルカの「血の婚礼」で土居氏に招かれて、彼の地サンフランシスコで、土居氏の演出の元で一緒に仕事をした経緯がある。土居氏は、日本の能楽、狂言に精通し、歌舞伎にも造詣が深いので、その点をベースに伝統と現代の狭間で、また異文化同士のぶつかり合いの中で、新しい演劇の地平を拓こうとしてこられた。私は土居氏の意図することを理解し、その苦労を思い、これに賛同して、彼女と共同作業をしてきたのである。
今回の「ラコタの月」も、土居氏のその志しの延長線上にあり、シアター・オブ・ユーゲンとしてはシンボリックな作品に仕上がっている。が、今ひとつ観客の心を打たないのは、土居氏が余りに能楽の形式やアメリカ原住民族の儀式性にこだわったからではないのか?その様式美や音楽のコラボレーションは十二分ながら、そこにとどまってしまったのは、はなはだ残念である。
猛暑のニューヨーク紀行
8月16日
正午 39丁目257番地スタジオ リハーサル最終日。ムーブメントの接点を見つける作業。高瀬氏の提案で、カレンに私が歩くという行為、踊るという行為の日本的表現を教える。真似をするのではなく、心理的な入り方や身近な音楽からリズムを掴むことを提案。彼女はよく理解してくれた。しかし、小道具の用い方など高瀬氏と私の意見の食い違いも多く、道は険しい。
19:00 47丁目ドンブリヤ カレンのリクエストで日本食のお店にて打ち上げ会 一樹氏の友人で映画関係の仕事をしているMASA氏も同席。一樹氏との議論は尽きないが、何とか実現に漕ぎ尽きたいものだ。明日出国。中身の濃いニューヨークの一週間だった。(了)
8月15日
午前 昨夜の雨のおかげでだいぶ過ごしやすくなった。 正午 39丁目257番地スタジオ カレン、一樹氏とミーティング及び下稽古。新しい演劇の地平は何処にあるのか?またそれを模索する方法は?つくづく考えてしまう。もっともっと突っ込んだ話し合いが必要だ。
15:30 NY近代美術館 谷口吉生氏設計による新装相なった館内、ピカソをはじめとする近代美術の数々。見所満載だが、トイレへの目配りの不行き届きと商魂たくましいのには呆れるばかりだ。維持が大変なのは何処も同じということか?
19:30 いつも渋谷の某店でお世話になっている福井先生のお嬢さん、晴子女史にはじめてお目に掛かる。学生の時からニューヨークに住み、ニューヨークを熟知した彼女から、人々の気持ちや街の様子など最近のニューヨーク事情について貴重なお話しを伺う。また、グラマシーの美味しいイタリアンのお店 NOVITAを紹介して頂いた。
8月14日
正午 ワールドトレードセンター跡地 フェンスに覆われたグラウンドゼロをのぞき見て、そのまま目を雲ひとつない夏の空に移すと、あの大惨事の虚しさが込み上げてくる。合掌。それにしても、いまだ事故の痕跡を残す周辺のビル群が生々しい。
15:00LUNT FONTANNE劇場 美女と野獣 アニメそのままで、底は浅い。が、ガストン達が酒場で繰り広げるジョッキを使ったダンスシーンは圧巻だ。 終演後、劇場を出ると遠雷が聞こえる、と思いきや数分後に猛烈なスコール。やれやれ、これでやっと涼しくなった。
8月13日
あまりの暑さに午前中ダウン。近代美術館行きを断念。
15:00 カレン、一樹氏とミーティング及び下稽古。カレンはなかなか手の内を明かさない。私が正直過ぎるのか?一樹氏曰く あなたを値踏みしているんでしょう って? ええっ!!
17:00 REIKO BAUMさんに4年振りにお目にかかって夕食をご馳走になる。一樹氏を我が子のように可愛がっているのが言葉の端々に滲む。
23:00 REIKOさんのもとを辞して、イーストビレッジで一樹氏と深更まで飲む。このあたりは一樹氏がはじめて渡米した時住まいを構えた思い出の地。若者や学生が多く集うバーや日本食の店が軒を連ねている。若者に混じって、我々も学生時のような演劇論議に時間を忘れた。
8月12日
正午 39丁目257番地スタジオ。共演するカレンとの下稽古。
15:30 韓国飯店で一樹氏と遅い昼食。
20:00 ブロードウェイMINSKOFF劇場。屋根の上のヴァイオリン弾きTevye役のHARVEY FIERSTEINは愛敬たっぷりで肝っ玉父さんの面目躍如。サンライズサンセットはやはり不朽の名曲である。
8月11日
正午 メトロポリタン美術館。光琳の八つ橋図がみたかったのだが、常設展示ではなく、また日本ギャラリーも閉鎖中で残念。マチスの特別展が開催中でこれは見応え十分。
20:00オフブロードウェイ ユニオンスクエア劇場。SNOWSHOW ピエロの、いわゆる道化パホォーマンスだが、ロシアの俳優達の自在な演技が見事である。笑いの中に終末感と寂しさと凄味がある。歌舞伎の大太鼓の雪音の効果を用いていてびっくりした。ラストの客席を巻き込んだ猛吹雪は窒息しそうである。
8月10日
ニューヨーク入り。暑いっ!東京以上の猛暑である。これまで二度、寒い時季のニューヨークしか知らなかったから、いささかびっくりした。街全体に熱がこもって、いわゆるヒートアイランド現象の極みみたいなものである。さて、この度はニューヨークに在住して独自の活動を展開している演出家の高瀬一樹氏と再会して、来年ふたりで計画していることの詳しい打ち合せと演出の方向を見定める為の下稽古。だんだん煮詰まってきた。夜半、四年前に来た時にも彼が連れて行ってくれた美味しいシーフードレストランDOCKSで夕食。岩牡蠣と海老のカクテルと白ワインで乾杯!旧知を温める。時差ぼけのせいか酔いが早い。
巡業グルメ紀行
旅から旅の毎日は、籠の鳥にとって、その土地土地の美味しいものをいただくことが何よりの楽しみであり、慰みです。以下、取り敢えず…。
7/5 盛岡 夕刻、偶然入った居酒屋で、本日のオススメのボードに「モーカの星」とあった。何か?と尋ねたら、鮫の心臓!?だと言う。好奇心旺盛な私は即座に注文した。流石!フカヒレを量産している宮古から食材が流通する土地ならではの珍味、レバーに似た食感に私は我を忘れて舌鼓を打ちました。
7/11 郡山 昼下がり 薄皮饅頭で有名な柏屋本店。ここの名物は薄皮饅頭はさておき、黒蜜をかけて食べる豆寒天。健康にもいいし、まさに絶品の味!是非お試しあれ!
竹に雀の平盃(九谷焼き)
7/16 金沢 この地は美味しいものがあり過ぎて紹介しきれません。その中の一店、ビールのぴるぜんの姉妹店「だんだら」。元公邸料理人の永田シェフの作る品々はビールとの相性抜群!加えて、カウンター担当の日系三世のエルビス君の陽気で心温まるもてなしに旅人の疲れた心も癒されます。そうそう、忘れていました、夕方、諸江屋さんで大好きな九谷焼きのぐい飲みを買いました。竹に雀の柄の平盃で、出会うべくして出会ったという思いです(写真参照)。さて、旅はまだまだ続きます…。
6月某日
博多座出演は4年振り。博多は人々の気風がいいし、美味しいものがたくさんあるので、来演を楽しみにしていた。今月は昼夜出ずっぱりなのでいささかグロッキー気味だが、なによりのストレス解消は美味しいものと美味しいお酒をいただくことである。
まず、中洲の「ごっそう道楽」のとり貝のあぶりは絶品。トマトも濃厚な本物の味。近くの「KACHUSHA」は昔ながらのショットバー。様々なカクテルが楽しめる。多門通りの「鹿六」は地酒と田舎風のお惣菜が美味しい。
春吉橋まで足を伸ばすと、橋の西寄りのたもとに「BLUE BAR」。青い間接照明に彩られた小さな店内はセンス抜群。マスターの菊渕君が笑顔で出迎えてくれる。彼は二十歳前から修業を重ねているベテランバーテンダー。好みに応じて美味しいカクテルを作ってくれる。(写真参照)。
その橋のたもとを横切った路地奥に和食処「里」。ここは「ごっそう道楽」で修業していた里 和直君が今月6日に晴れて開店したばかりのお店。まだ、てんやわんやの状態だが、同級生のほしくま酒店の岩永君や養鶏場の末崎君の協力体制が涙ぐましい。その姫どりのから揚げやもも焼きは実に美味しい。
川端商店街には、お馴染み「遊膳」。ここのこぶ漬け明太子は全国的に有名。カウンターでいただく御主人稲益さんのおまかせのひとしなひとしなは、どれもこれも絶品のものばかり。色彩豊かな器の数々も楽しめる。劇場周辺では、割烹「えびす堂」。御主人河原さんはまさに直球勝負、食材のよさを最大限に引き出す。この時季、鱧しゃぶは至福のひととき。お猪口を使った酒肴の数々も楽しい。
BLUE BARのお馴染みジントニック ウォッカと紫リキュールとラズベリーリキュールとグレープフルーツのオリジナルカクテル
1942年創業の「Chocolate Shop]は老舗中の老舗。様々なチョコレートが楽しめる。この他にも美味しいお店は数々あれど、とても御紹介し切れません。またの機会に御容赦あれとほゝ敬って・・・・・・・・おゝ満腹。
5月3日 11:00 歌舞伎座初日
18代目中村勘三郎襲名披露興行3ヶ月目、東京最終月である。当代中村屋丈には色々思い出がある。
1、1989年 奇しくも先代中村屋丈一周忌追善。歌舞伎座興行の楽日近い4月23日。舞台を了えた私は三原橋交差点を横断しようとして、前方不注意の右折車にはねられた。大変な大雨の晩だった。
木挽町病院に入院した私を、翌日昼の部の舞台を了えた当代中村屋丈が見舞って下さった。耳に白粉を残したまま仰天した表情で病室に駆け込んでこられた姿を私ははっきり憶えている。舞台に穴を空けてしまった私を咎めもせず、早くよくなってと励まして下さったその恩義を私は生涯忘れません。
2、1995年9月 故郡司正勝先生の作・演出「青森のキリスト」が両国のシアターXで上演された。私はマリアで出演していた。いわゆるアバンギャルドな郡司ワールドだったが、初日の翌日、朝日新聞の夕刊にいい劇評が出た。それを読んだ当代が舞台の合間を縫って早速掛けつけて観て下さった。幕になって楽屋に来てくださり、「何だか訳わかんなかったけど、面白かったよっ」と目をまるくしてしていられた姿も私ははっきり記憶している。
3、1997年10月 歌舞伎座夜の部「鏡山」の通し。当代初役のお初。私は尾上方の腰元に出ていたが、序幕の竹刀打ちで、お初が余りに健気で可愛らしいので、私はそっとエールを送った。むろんわからないようにそっと。しかし、当代はそれに気ずいていて、とても喜んでいたと、後に関容子先生から間接的に伺った。
4、お岩さま東京初演の時、吹き替えに使って下さったのも当代だった。「紅葉狩」初演の折、名題さんに交じって、名題下だった私を腰元に使って下さったのも当代だった。「盲目物語」の侍女で、当代の弥市に三味線と撥を渡す時、間がいいとも誉めてくださった。その他、「勘定奉行」のCMがオンエアされた時も、新派の「遊女夕霧」に挑戦した時も、心から励まして下さった。まだまだ、当代の人情に触れた思い出は数々ある。勘三郎の名を継がれて、益々活躍され、大成されんこと願うや切。
4月26日 16:30 岩波ホール 映画「山中常盤(やまなかときわ)」羽田澄子演出作品。
羽田氏は社会派の監督として、老人問題や平塚らいてう、また、13世片岡仁左衛門丈の記録映画等々見事な作品をものされ、現代日本文化の中核に座す方である。私も20年以前、故小堀杏奴先生の御紹介で知遇を得た。この「山中常盤」は、浮世絵の開祖と言われる岩佐又兵衛作と伝えられ、常盤御前と牛若丸の受難と復讐の物語を古浄瑠璃から題材を得、一種異様な光彩を放つ全12巻からなる絵巻物である。羽田氏がこの絵巻を映像に納めようと思い立ってから37年目にようよう完成した。大変な労作である。鶴澤清治師の作曲がテンポよく、ともすれば単調になりがちな画面を飽きさせずにひっぱってゆく。しかし、実写の風景や人物が何度も挟まれるのはかえって興を削ぐ。もっと絵巻の力を信じてほしかった。もし挟むのであればプロローグとエピローグだけでいい。羽田氏の客観的な視点はそれだけでも充分伝わると思う。妄言多謝。。
4月24日 正午 目黒 14世喜多六平太記念能楽堂
春の昼下り、久々にお能三昧の半日を過ごす。
狩野了一氏の「忠度」がその仁のよさ、技芸の確かさで間然するところがない。花も実もある能楽界のホープである。忠度の文人らしさがもっとほしいところだが、喜多流の芸風とてしかたがないか?松井彬師の「湯谷」は清水寺へ向う牛車のなかで、つと前へ出て轅(ながえ)に左手を掛け東の空を振り仰いだ風情が抜群。母を想う気持ちと春を惜しむ気持ちがオーバーラップする。
会場で偶然、友人の某氏に久々にお目に掛かった。某氏はお能、歌舞伎、茶の湯等々あらゆる日本の文化に精通しておられ、私より年若だがいつも会話のなかで示唆されることが多い。浅学で能楽界のことにはとんと疎い私だから、今回も狩野了一氏のことを誉めたら、「それは当たり前です。私は彼の才能を彼の初舞台の時から認識していました!」と一蹴されてしまった(驚!呆!納得!)
4月11日(月)19:00 渋東シネタワー 「ハウルの動く城」
宮崎アニメは「魔女の宅急便」くらいしか観たことがなかったが、このハウルは久石譲の音楽「人生のメリーゴーランド」があまりに素晴らしくて、耳について離れないので、それに惹かれて観にいった。ハウルを恋する主人公の少女が魔女の為に老婆にさせられてしまう。しかし、少女はめげないでハウルに尽くす。その老婆の目線を通して描かれる少女の恋心が爽やかで客観的で観る者の心を揺さぶる。そのフィルターの使い方、着眼は目を見張るものがある。だから、途中老婆が何度も少女に戻る駄目押しは必要なかった。ラストに集約させたい。
4月7日(木)
春、桜満開!毎年楽しみな風景です。
 近所の桜並木です  同じく近くの公園  同じく公園
4月3日(日) 16:00 三軒茶屋 松井宅
小説家の松井今朝子女史から一昨日電話があり、京都の実家よりたけのこが送られて来て、私が調理するから参集せよとのお達しが掛かり、「それっ!」とばかり白ワインを抱えて喜び勇んで駆け付ける。今朝子女史は言わずと知れた祇園の料亭川上のご長女。まず、はじめは筍の木の芽和え、次が筍と生麩の炊き合せで、メインは筍、椎茸、ふきのとう、たらのめ、牛肉の天麩羅、シメは若布いっぱいの若竹汁と筍ご飯。さすが、お父上ゆずりの包丁さばきは見事なもの。特にお椀のお出汁は本格。ご飯の味付け、炊き具合も寸分の狂いなく、美味しいのなんのって!至福の時とはまさにこのこと!春の味を満喫致しました。さて、今朝子女史の新刊「家、家にあらず」が、今月下旬集英社から上梓されます。御殿女中が主人公の時代小説です。こちらもとても楽しみです。皆様も是非是非ご購読賜りますよう御案内申し上げます。
---2005年欧州歌舞伎舞踊レクチャーデモンストレーション公演の間の日記はこちらに移動しました!---
3月6日(日) 0:10
フジテレビ「僕らの音楽」 忌野清志郎35周年。
ロックミュージックなど私にはとんと縁がないが、忌野さんの名前だけは知っていた。初めてじっくり聴いてみて、その重ねた年齢の味わいが、たとえばメッセージ的な曲でも一種の哀調を帯びて胸に迫る。私は聞きほれてしまった。舞踏の大野一雄氏似の風貌(!?)と極彩色のパンクスタイルが素敵に決まる。これからも聴き続けていこうと思う。
3月4日(金) 正午 歌舞伎座楽屋
渡航前に師匠に挨拶。「気をつけて行ってらっしゃい!」と元気に励まされる。
夕刻 渋谷傍店
ニューヨーク在住の高瀬一樹氏来日。
久々にお目に掛かる。以前より計画していることの打ち合わせ。彼の演出プランが段々見えてきた。あとから無名塾出身の高川裕也氏合流。雰囲気のある実力派の俳優さんで、私は共演したい芝居がたくさんある。
3月1日(火) 早朝
もう3月だというのにこの寒さはどうしたことだ。春の雪という季語があるが、今年はとりわけそんな思いがけない天候がまだ続きそうである。「オペラ座の怪人」が渡航前にどうしてももう一度観たくて、稽古の合間をぬって上映館に駆けつける。
2月26日(土) 早朝 世田谷大蔵
来月の海外公演で使用する音響作成の為、五條師、高久氏(舞台監督)と3人で吉羽氏のスタジオに集合。正午過ぎ無事終了。今朝は大変な寒さで震え上がるが、この大蔵辺りはそこかしこに紅梅や白梅の見事な枝振りが点在する誠に長閑な風景。この寒さの中でキリリと咲き誇る梅の花を見ていると、異常気象の危惧などしばし忘れる思い。こうして三寒四温を繰り返しながら、待ちかねた春が確実に到来するのであろう。しかし、呑気なことも言ってられない。この寒さでどうやら鼻風邪を引いたようだ。ハックション!
2月11日(金・祝) 午後 国立大劇場
日本舞踊協会公演  長唄「楊貴妃」
五條雅之助師、林千枝師
いかにも雅之助師らしい振付で楽しめた。千枝師も適役。玄宗皇帝は出から酔夢までもう少し思い入れで運んで欲しいのと、ラストはやはり紗幕を降ろすべきだろう。常磐津「靭猿」は花柳流の女流お三方。これが早咲きの梅の花のような馥郁たる舞台で、私は目を見張った。ベテランの方々だから当然といえば当然だが、キチンとした振りの伝承、感情表現(芝居)の的確さ、間然するところがない。私はそこに歌舞伎舞踊伝承者としての日本舞踊家の本来あるべき姿を観た思いで感銘深かった。素晴らしい出来栄えであった。
2月9日 9:45  渋東シネタワー
「オペラ座の怪人」 作曲者アンドリュー・ロイド=ウェバー自らのプロデュースによる映画版。舞台版に近寄り過ぎているという批判もあるが、どうしてどうして映画ならではの醍醐味満載で150分近くを一気に観せる。見事な出来栄えである。ひとつだけ難点を言えば、これは舞台版にも言えることだが、ファントムの芸術家的側面 (つまりクリスティーヌを育てたという事実)がもっと明確に描かれれば、ファントムの愛も、作品としての深みも増したことであろう。しかし、必見の一作である。
二月某日
今月は舞台に出ていないので、油断して風邪をひき、熱が出た。思いの外軽く二日間寝込んだだけで済んだが、近頃、おのれの肉体との格闘が日に日に増して来た昨今である。
1月27日(木) 18:00 歌舞伎座
清元志寿太夫七回忌追善の会 師が切に「雁金」を踊った。師はまた一段と高い芸の境地へ行ってしまった。我々には絶対手の届かない芸の深奥へと・・・・・・・・。
1月19日 深夜 自宅
なんだか急に中島敦が再度読みたくなって本の山から引っ張り出す。中島敦を読みたいと思ったのは、以前つとに有名な「山月記」を知ったからで、むろん「山月記」も好きだが、私は孔子の弟子の子路を描いた「弟子」が一番好きだ。師と自分との関係がオーバーラップする。しかし、私は子路にはなれないし、子路の生き様は到底なぞれない。そんな自分が情けない。
1月16日(日) 16:30 日比谷シャンテ・シネ
「五線譜のラブレター」 紫若さんに是非にと薦められて観たミュージカル映画。作曲家コール・ポーターの生涯を描いたものだが、コール・ポーター役のケビン・クラインが抜群の上手さ。妻リンダ役のアシュレイ・ジャッドも美しく、存在感充分。こういう作品にありがちの編年体で話が飛ぶ荒さはあるが、それを補ってあまりあるのが、劇中使われるポーターの名曲の数々。中盤から一気に盛り上がる。最近のミュージカル映画では、「シカゴ」が抜群の出来映えだったが、それに優とも劣らない。ただし、「五線譜のラブレター」という邦題は陳腐。客足が伸びないのもそのせいではないのか?でも、お奨めの1作。
1月14日(金) 18:30 国立小劇場
若柳吉蔵師のリサイタル。吉蔵師とは面識はないが、2003年に踊った「石橋」が大変評判が高く、芸術祭の新人賞も取られた。今回東京初演ということになったので是非拝見したいと以前より思っていた次第。前ジテの扱い、舞台構成等々疑問点はあったものの、後ジテは精悍そのもので、将来を嘱望される大物と納得。
1月8日(土) 20:00 渋谷某店
吉村古ゆう氏と会食。古ゆうさんは地唄舞吉村流の若手で、昨年のリサイタルでは芸術祭優秀賞を受賞された逸材。その舞台姿は亡き雄輝師にびっくりするほど生き写しで見事な舞い振り。自身で絵も描かれるほど意匠のセンスも抜群である。
1月3日(月) 正午 国立劇場初日
師匠の女暫が踏み足の音高らかに揚幕を出て行く。その気魂に圧倒されつつも、なにせ高齢のこととて気が気ではない。こちらの寿命が縮まりそうというのが本音である。でも、師匠には千年も万年も長生きしてほしい。
1月1日(元旦) 早朝
昨日の猛吹雪が嘘みたいに今朝は凱風快晴。元日はこうでなくてはならない。ことに暗い幕切れの2004年だったから尚更である。今年も一生懸命生きようと誓って、すぐ怠け癖がでる心身に鞭打つ!
2004年
12月26日  千穐楽
師匠も元気で一安心。こっちがこれほど心配しているのに、「年寄扱いするな!」などと強がりを言ってふてくされる。可愛くない! 来月の女暫が思い遣られる、再び嗚呼!!なにはともあれ、無事に打ち上げおめでとうございます!
12月23日 早朝
今年は暖冬で気持ちが悪いくらい暖かだったが、このところやっと寒くなり今朝は北山時雨が降って京都らしい空模様。夜 師と一門の食事会。このところ毎晩宴席が続くので、少々内臓が疲労気味、嗚呼!
12月15日 21:30 祇園 グルメ三田
女形有志の忘年会。 三田さんの鶏の水炊きは最高!鶏肉自体に深い味があって美味しい!美味しい!
12月6日 21:00 木屋町 し乃
随心院の英 良彦氏に一年半振りにお目に掛かる。随心院は小野小町ゆかりのお寺で、取材の折に英氏には大変お世話になった。この度も色々と興味深いお話しを伺い、杯を重ねた。
11月30日 初日 
<正午> 楽屋入りの前に表に回って、まねきの庵看板を見上げる。顔見世へは4〜5年振りだが、やはり自分の名前をまねきに見届ける気分はまた格別。「お祭り」の師匠の後見と「助六」の揚巻付きの番新というこれまた責任重大な二役。気を引き締めて楽屋口へ向かう。
<14:40> 「お祭り」開演 花道から病気回復の成田屋が登場すると、超満員の客席は物凄い割れんばかりの拍手。成田屋の旦那の胸の内はいかばかり、こっちも胸が熱くなった。
11/29〜12/3
南座の顔見世興行は11月30日が初日だから、11月末から12月のあたま、芝居が落ち付くまではもうてんやわんやである。
そんな時、終演後に美味しいものを頂くのがなによりのストレス解消となる。とにかく京都は美味しいものが揃っているのである。まずはいつもご贔屓に預かっている三田さんで牛ヒレのステーキ、最後に頂くご飯におじゃことおこぶのハーモニーがたまらない美味しさ。次にやす川さんの明石の蛸!これを食べずしてなんの京都ぞ!そして湯葉のうすくず煮、まさに京ならでは!日本酒が進む。し乃さんでは、かつおの甘辛煮が絶妙。豚の角煮もとろける美味さ、いっしょについてくるお豆腐もたまらない!かぼちゃのたね(お店の名前です)さんでは、なんといってもかぶら蒸しを食べいでか!冬の京都の絶品のひと品。白味噌仕立ての雑煮も京都ならでは。丸餅と甘辛の味噌とのなんと相性のいいことよ!まだまだいっぱいありますよーっ!折角先月2キロ痩せたのに、この分だと・・・・・・(汗)まだ20日以上あると思うとぞっとする京蔵でした。
11/27
本日15:34、京都入り。一年の経つことの何と早いこと!夜、TVでサザンオールスターズのスタジオライブを見る。サザンは大好きで、カラオケもサザンオンリー!(汗)サザンは歌詞も曲もまさに傾奇(かぶき)で、日本語と英語が入り乱れているところなんか堪らないっ!桑田も野外ライブのTシャツに短パンなんかよりもこのド派手な正装のほうが傾奇らしくていい。今度の新曲「愛と欲望の日々」はTV「大奥」の主題曲だが、サザン傾奇の真骨頂!全曲サザンで小町シリーズの音楽劇を演りたくなったっ!

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